閉塞感をどう乗り越える
こんな時には、多くの人たちの心のケアをされている精神科医の海原純子先生ならば、どういうことを言われるであろうかと思っていました。
海原先生が毎日新聞の日曜くらぶに連載されている「新・心のサプリ」には、十七日にもよいことを書いてくださっていました。
題が、「閉塞感を乗り越える」です。
こんな日々がいつまで続くのか、経済的な不安もあるでしょうし、気持ちが落ち込むことが多いと思われます。
行動が制限されて、部屋でジッとテレワークという方など、まさに「閉塞感」を感じるのでしょう。
今の時期の人の気持ちを、「閉塞感」ととらえられたところもさすがと思います。
では、その閉塞感をどう乗り越えるのか、
海原先生は、長い看病と向き合いながら暮らしている方に話を聞いてみようと思われました。
三十代の若者で、八年近くも悪性リンパ腫の治療をうけているという友人に聞いてみたというのです。
入院治療で外出もできず、一人で過ごす閉塞感をどうやって乗り越えてきたのかと聞くと、
若者らしい三つの答えが返ってきたそうです。
一つは、電子書籍のマンガや本、これを読んで集中すること。
もう一つは、食事中に家族とテレビ電話をつないで食べること、これで本当に一緒にいる気分になるのだそうです。
三つ目は、仲間とラインで一緒に過ごした活動を写真で見ながら振り返ったり、気分を変えるためにちょっと体を動かすこと、
というものでした。
海原先生は、
「心が閉ざされた気分になった時、風を入れるには、小さな工夫とちょっとしたできることをしていくのがいいのかもしれない。
集中することをみつける、家族や仲間とのコミュニケーション、体を動かす、という三つの柱をもとに自分なりの処方箋を作っておくことがいいのだろう」
と書かれていました。
私はどうかなと考えてみると、たしかにまだマスクをつけ、手洗いをして、うがいをするなど、あれこれ気をつけて過ごさないといけないかと思うと、少々気が滅入ります。
しかしながら、あまり人と会えないというのは、元来人と会うのが苦手なところがありまして、苦痛とまではいきません。
講演、法話が中止や延期になるにしても、これが好きな人や、やりがいや生きがいを感じている人には、たいへんなことでしょうが、私のようにもともと講演も法話も苦手だという者には、中止や延期の知らせが入るたびに、「やれやれ」「ホッとした」というのが正直のところであります。
やはり苦しみというのは、欲望があるからもたらされるのだと改めて思います。
それにしても、やはり好きな本を読んで、集中していることはいいものです。
今読んでいるのは、いろいろとあります。
もちろんのこと、講義をするために、『臨済録』や『盤珪禅師語録』などは常に読んでいますが、そのほかにも、先日半藤一利さんがお亡くなりなったので、半藤さんの『明治維新とは何だったのか』を読み、それと共に、近々仏像展での講演があるので、『仏像の起源』を読み、どういうわけかダーウィンのミミズの研究の本を読んで楽しんでいます。
これらはみな同時に読んでいます。
実に多読なのです。
まったく違うものを同時に読むのが楽しいのです。
かつて、数土文夫さんにお目にかかって印象に残ったことがあります。
数土さんは、川崎製鉄の社長や、東電の会長もお勤めになった方です。
そして、実によく中国の古典を読み込まれている方です。
お目にかかった時に、今の者の読書が足らないことを歎いていらっしゃいました。
当時は、まだ東電の会長だったころでしたが、毎日三時間を読書の時間にあてていると仰っていました。
特に数土さんは、中国古典を読み込まれていました。
歴史を深く学んでいれば、今の時代に起きることなども大抵は、似たようなことが既に起こっているので、学んでさえいれば、うろたえることはなくなるのだと仰っていました。
明治維新についても、近年いろんな角度から検証されてきています。
私も、怨親平等という観点からみると、勝てば官軍、負ければ賊軍という考えには疑問を持っています。
官軍のみをお祀りし、賊軍の者はお祀りしない靖国神社にも疑問を持っていますので、半藤さんの明治維新の見方も大いに感銘を受けました。
ダーウィンというと、『進化論』が有名ですが、ミミズの研究を四十年も行っていたのでした。
誰にも気づかれないところで、じっと土の中にいるミミズが、実は大きなはたらきをしているというのです。
地上の活動や変化だけではなく、土の中のミミズにも興味を覚えます。
そんなことをワクワクしながら読んでいると、閉塞感どころか、今までよりも広い世界に気づかされるのであります。
それにしても、やっぱりマスクを外して出掛けられるようになってほしいものですが…
横田南嶺