臨済禅師の頂相(ちんそう)
禅文化研究所刊行の
山田無文老師著『臨済録』の表紙には
臨済禅師の頂相が描かれています。
頂相とは、禅僧の肖像画のことです。
この臨済禅師像は、臨済禅師千百五十年遠諱の
ポスターにもなりましたので
多くの方の目に触れたものです。
たしかに、師匠である黄檗禅師に対しても一掌を与え、
修行僧達を一喝していた
臨済禅師の裂帛の気迫が伝わるお姿であります。
しかし、本当に臨済禅師は、こんなお顔だったのか
疑問に思いながらも、
写真などあろうはずもなく、
いずれの頂相とて没後かなりの年月が経ってから
画かれたものですか、
本当のすがたは知る由もありません。
ただ禅文化研究所の『臨済録』のあとがきに
河野太通老師は
「誰に手になるのか、中国渡来の臨済禅師の頂相がある。」として
その頂相の部分が紹介されています。
河野太通老師は、
「従来想像されていた「臨済将軍」の面影ではない。
なで肩で、円頂蓬髪、眉毛はその末尾をわずかに残し
寸余のあごひげをたくわえて
太い竹組の簡素な坐床に拠っている」
とその像を描写し、
そして「なんとこれは無文老漢さながらではないかと
思ったのは小子だけではないだろう」
と書かれています。
なるほど無文老師の風貌にも似た頂相の
部分が掲載されているのです。
この頂相は、どんなものだろうかと
長年気に掛かっていました。
先日は、知人から
『心茶』五九号を送っていただきました。
それを開いてみていると
なんと長年気になって求めていた、臨済禅師の頂相が
写真版で掲載されていました。
裏には久松真一先生の解説があって
紹鴎、利休、織部が所持し、
松平肥前守に伝わり
久松先生の手元に渡ったと書かれていました。
久松先生は、
この頂相を
「ゆるぎなき堅牢な竹椅子に、どっしりと據座した赤肉団は
踞地金毛の獅子の如く
渾身はりきった隙のない態度は
触間必殺の金剛王宝剣の如く
瞼底の鋭い眼光は刹那に仏魔を弁じ
固く結んだ唇吻は万雷を喝出せんとし
堂々たる寒まじい威風は、まさに天下を圧し
古今を制する臨済将軍の面目が躍如として描き出されている。」
と絶賛されています。
長年気に掛かっていた頂相に
はからずもお目にかかることができて
喜んでいます。
私もまた、こちらの頂相の方が
なにか平素語録を通して接している
臨済禅師を髣髴とさせるような
気がしています。
画像を載せたい気がしますが
許可などを得ていませんので
禅文化研究所の『臨済録』表紙の
臨済禅師像のみを載せておきます。
横田南嶺