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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.06.15
今日の言葉

言葉はいらないか

先日の湯島の麟祥院での勉強会で、私は『臨済録』の一節を取り上げて講義をしていました。

短い問答です。

臨済禅師が当時のいろんな禅僧たちを訪ねて行脚していた頃の問答です。

岩波文庫『臨済録』にある入矢義高先生の現代語訳を引用します。

翠峰和尚のところに行った。

峰「どこから来られたか。」

師「黄檗から来ました。」

峰「黄檗はどんな教えで雲水を指導されているか。」

師「黄檗には教えはありません。」

峰「どうしてないのか。」

師「たとえあっても言いようはありません。」

峰「まあ、言ってみなさい。」

師「一箭西天に過ぐ。」

という問答です。

行脚してやってきた修行僧に「どこから来たのか」と問うのは、常套句のようです。

そしてどこどこから来ましたというと、そこの老師はどのようなことを説いているのかと問うのです。

そうして、当時どこそこの老師はどのようなことを説いているという情報を得ていたのであります。

臨済禅師もどこから来たのかと問われて、黄檗のところから来たと答えます。

すかさず、黄檗はどのようなことを教えていたのかと問います。

それに対して臨済禅師は、「黄檗、言句なし」と答えます。

どうしてないのかと問われて、あったとしても示しようはないと言います。

それでもまあ言ってみよと迫られて、臨済禅師は「一箭西天を過ぐ」と答えます

「矢はインドヘ飛んで行ってしまった」ということです。

「なんの跡かたも手掛かりもない。とりつくしまもない状況」を表す言葉です。

この一節の山田無文老師の提唱を見てみましょう。

禅文化研究所発行の『臨済録』から引用します。

今度は翠峰山に行くというと、翠峰和尚がたずねる。
「どこから来た」
「黄檗から参りました」
「黄檗は近ごろ何と言うておるか」
あいかわらずの仁義だ。そこで臨済が言うのには、
「黄檗は何も言うておりません」
天地にこの語無しというところだ。おまえさんに聞かさんならんようなことは、何も言うておりません。どこまでも、相手についてまわらんところに、臨済の宗旨がある。
「なぜ黄檗は何も言うておらんのかな」
「そりや、朝から晚までしやベっておりますが、おまえさんに聞かすようなことはござらんわい」
人に受け売りするようなことは、言うておりません。二番煎じは役に立ちませんわい。
「それでも一つ聞かせてみい。わしが黄檗を試験してみたい」
一箭、西天を過ぐーもうどこかへ飛んで行ってしまいました」
黄檗の言葉は、そこらにころがっておりませんわい。天竺の向こうまで行ってしまいましたわい。
どこまでも相手には引っかからん。臨済の機鋒の鋭いところである。

と簡潔に提唱なされています。

『景徳傳燈録卷第十五』に徳山和尚の言葉があります。

「雪峯問う、從上の宗風は何を以って人に示す。

師曰く、我が宗に語句無し。実に一法の人に与ふる無し。

巖頭之を聞いて曰く、徳山老人、一條の脊梁骨、硬きこと鉄に似たり、拗じ折れず。然も此の如くなりと雖も唱教門中に於いては猶お些子を較ぶ。」

という問答です。

雪峰禅師が徳山禅師に聞きます。

「仏祖代々伝わってきた禅の本当の教えは、どのようにして人に伝えられるのか。」と。

徳山禅師は、我が宗には人に伝えるような言葉はない、人に与えるような教えは一つもないと答えます。

それを聞いた巌頭禅師は、徳山禅師の何者も寄せ付けぬ、気骨の峻厳さは見事だが、人を導き育てるということになるともうひとつだ」と言いました。

夢窓国師が修行時代に中国から見えた一山一寧禅師に参禅した問答があります。

「私はまだ自分自身のことがはっきりしていません、どうか直にお示しください」と問う夢窓国師に対して一山禅師は、

「我が宗には語句もなく、一法の人に与うる無し」と答えます。

夢窓国師は、「どうか和尚慈悲をもってお示しください」と願いますが、一山禅師は「方便も無く、慈悲も無し」と突き放します。

その後夢窓国師は何度もそのように願いますが、一山禅師は、そのたびごとに「方便も無く、慈悲も無し」と答えるのみでありました。

夢窓国師は、「一山禅師のお示しになるところは、悟りの心境を表すものとしては、まことにその通りだ。しかし、自分はまだ悟ってはいない。悟りの世界に入る為の方便をお願いしているのに、この和尚は悟りの世界を示すばかりである。一山禅師は、中国から見えた方なので、自分の語学力が不足して、十分に質問できていないのではないか」と考えてしまうのでした。

このように「我が宗に語句無し。実に一法の人に与ふる無し」という教えは禅ではよく用いられているのです。

人がいつ頃から言葉を使うようになったのかは定かではありません。

十万年前から五万年前頃には高度な言語を使っていたとも言われます。

言葉を得たことによって人類は大きく発展しました。

個体としてみれば弱い動物ですが。経験や知識を他者と共有できるようになりました。

「あの谷には獣がいる」「この草は薬になる」といった情報を伝えることができます。

そして未来の計画を立てたり、過去を振り返ったりすることもできるようになりました。

さらに、言葉は文化や宗教、法律や学問を生み出しました。

目の前には存在しないものについても語ることができるようになりました。

神仏や国家、道徳、理想といった抽象概念も、言葉によって共有されるようになって社会を作ることができました。

一方で、言葉を得たことによって失ったものもあります。

私たちは何かを見ると、すぐに名前を付けて理解した気になります。

花を見ても「桜だ」、鳥を見ても「雀だ」と分類します。

言葉は分類するはたらきがあります。

しかし実際には、一輪一輪の花も、一羽一羽の鳥も二つとして同じものはありませんが、言葉では同じようになります。

同じものを見て聞いていると思わせてしまいます。

言葉は便利ですが、人間は言葉によって過去を悔やみ、未来を心配するようにもなりました。

仏法でいえば、迷いだ、悟りだ、聖なるもの、俗なるものと分けて言葉でとらえてしまいます。

法だ、真理だとなにか特別ものがあるように思い込んでしまいます。

黄檗はどんな教えを説いていたかという、過去のことや、言葉によって示されるものではなく、今現にこの翠峰和尚の前に立っている臨済禅師、ここにこそありありと真理があらわれているのです。

そういうことを示している問答であります。

禅は単に文字や言葉を否定するのではなく、言葉だけでは真実を伝えきれないことを示し、言葉によって迷っている者に対して、その迷いを解き放つ教えです。

言葉は往々にして目の前の事実からそれてしまうものであることに気をつけないといけません。

 
横田南嶺

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