祈りの力
七日の日から毎日の修行はもとの通りに戻ります。
七草かゆをいただく頃には、今年の新たな修行が始まっています。
この新春にもいろんな方にお目にかかることができました。
実をいうと、私はもともと一人で坐禅をしていればいいという性格でありましたので、人に会うのは苦手であります。
それがあろうことかもう十五年も前に管長というお役をいただいて人に会うことが仕事のようになってしまいました。
それをもっとも実感するのが正月であります。
修行僧だった頃は、専ら前管長のおそばで、お茶出しをさせてもらっていました。
こんなに大勢の方に会う管長というのはたいへんなお仕事だなとハタから見て思っていました。
まさか自分がその役に就こうとは思いもしなかったものです。
一日に年賀に見える方は少ないのです。
これはやはり大晦日から元旦の朝にかけてほとんど眠らずにいますので、一日にうかがうことは避けるようにという習慣があります。
午前中十名ほどの方のご挨拶を受けて、午後は年賀状の返信を書いたりしています。
そして一日の夕方、境内の様子を見ることもかねて、駅前のポストに年賀状の返信を出しに行っています。
これも毎年のことであります。
ちょうど閉門の時刻でした。
境内を歩いていると、後ろから「管長」と呼ぶ声が聞こえました。
どなたかなと思って振り返りましたが、よく分かりません。
近づいてみるとなんと金澤泰子さんでした。
「これはご無沙汰しています」とご挨拶させてもらいました。
金澤泰子さんは、金澤翔子さんのお母様でいらっしゃいます。
金澤家のお墓が円覚寺にありますので、懇意にしてもらっています。
立ち話でしたが、翔子さんの近況をうかがいました。
なんでも喫茶店をおはじめになったということであります。
泰子様が翔子さんの自立の為に喫茶店を開いたということでした。
話をうかがって、これも深い母親の愛情だと感じ入りました。
翔子さんも、もう今年四十歳になると聞いて驚きました。
管長になった頃にお目にかかったのは、まだ二十代でありました。
三十になったら一人暮らしをするのだとうかがったことも覚えています。
無事に一人暮らしをしているとも聞いていました。
十五年管長を務めているということは、二十五歳の方も四十歳になるのだとしみじみ思いました。
二日の日には朝の大般若の祈祷を終えると、ほぼ同時に年賀の来客が見えます。
着替える間もないくらいです。
多くの方がご挨拶に来てくださるのは有り難いことであります。
人に会うのがもともと苦手でしたので、慣れない頃はずいぶんと疲れたものでした。
それがやはり何でも慣れてゆくものであります。
朝の早い内に、円覚寺に出入りしてくださっている職人さんたちが挨拶に来てくれます。
大工さんを始め、畳屋さん、瓦屋さん、植木屋さん、石屋さん、電気屋さん、建具屋さん、お菓子屋さんなど、お寺をささえてくださっている皆さんであります。
お話をしていて、最近円覚寺で畳を替えたことを畳屋さんがとても感謝してくださいました。
うかがうと、畳がこの頃は使われなくなってしまって、仕事があるのは有り難いというのです。
寺に暮らしていますと、畳の暮らしなので、畳が当たり前のように思っていますが、今畳はめっきり減ってしまっているということでした。
それから近在の円覚寺派の和尚様方皆さんお見えくださり、いろいろ話をさせてもらいます。
最近はお一人お一人私がお抹茶を点てて差し上げるようにしています。
来客が続く中で、カトリック神父の片柳弘史先生がお見えになりました。
片柳神父とはPHP研究所の企画でなんども対談をさせてもらっています。
一九七一年のお生まれですので、私より七歳お若い方であります。
年末に片柳神父の新著『悲しみの向こう』という本をいただいています。
暮れからずっとそばにおいて読んでいる本なのです。
これは三六六の言葉が載っています。
それぞれ皆片柳神父の言葉であります。
一年三百六十五日言葉に会えるようになっています。
一月三日の言葉が素晴らしいと感動しています。
「祈りの力」という題であります。
素晴らしい言葉なので、この言葉だけを紹介させてもらいます。
祈りの力
祈るとは、何があっても
最後まで希望を捨てず、
何かを願い続けるということ。
願いが叶うとは、
最後まで希望を捨てなければ、
道は必ず開けるということ。
一見無力な祈りこそ、
じつは、不可能を可能にする力、
道を切り開く力なのです。
というのです。
まさに祈るということは大きな力になるのです。
片柳神父とは、いただいた本の話題からいろいろお話させてもらいました。
この本には、素晴らしい言葉がたくさん書かれているので、書くのはたいへんだろうと思いました。
これは片柳神父がSNSで発信なされている言葉がもとになっているのだとうかがいました。
今年もいろいろのことを思います。
被災された方々のことを思います。
能登の復興を願います。
職人さん達の世界が受け継がれていくようにと祈ります
戦争がなくなりますように、世の中が安穏でありますように、皆が幸せでありますようにと、やはり祈らざるを得ない思いに駆られます。
この祈りを力にして今年も勤めてまいります。
横田南嶺