『さらりと生きてみる』
姫路市の天台宗正明寺の小林恵俊さんが、『さらりと生きてみる』という題の本を出版されました。
有り難いことに、私のところにも送ってくださいました。
恵俊さんがどんな方なのか、本書の著者略歴を紹介します。
小林恵俊。 天台宗姫路山正明寺法嗣。
1991年、 兵庫県に生まれる。
兵庫県立姫路西高等学校から京都府立大学文学部日本・中国文学科へ進学。
卒業後は天台宗の僧侶育成機関である比叡山の叡山学院に入学。
仏教専修学科を修了。
2017年より姫路市の正明寺で法務に従事するかたわら、 法話による伝道を行う。
2019年には 「H1 法話 グランプリ~エピソード・ZERO〜」にて審査員奨励賞。
2020年より YouTubeやTikTokを通じて法話を発信。
TikTokのフォロワーは10万人を超える。
と書かれています。
この方のことを知ったのは、もう三年ほど前のことになります。
私もその年の四月からYouTubeでの法話などを始めた頃であります。
その年の終わり頃でした、ある方から、恵俊さんのYouTubeを教えてもらいました。
その方は、とても恵俊さんのことを注目していると仰っていました。
私も自分がYouTubeでの法話を始めていましたので、興味をもって拝見したのでした。
恵俊さんのYouTubeも二〇二〇年の四月に始まっています。
恵俊さんのYouTubeはとても特徴的であります。
「僧侶えしゅんのサメに説法」というもので、どういうわけか、サメのぬいぐるみに向かって恵俊さんが話をしているのです。
恵俊さんは、声がよくて、とても聞きやすいものです。
ゆったりと話をしてくれているので、聞いているだけで落ち着きます。
分かりやすい仏教の話から、天台宗で大事な書物である『天台小止観』について説いてくださる内容のものもあります。
お若い方ですが、ご自身もよく勉強されていて、素晴らしい方だと思っていました。
しばらくしてから、これまたある方が、恵俊さんが最近TikTokをなさっていて、これが大人気なのだと教えてくださいました。
その時には、まだ私は、TikTokなるものが、どんなものなのか、知らなかったのでした。
YouTubeに比べて、若い人たちがよく見ているというのであります。
短いものが多く、テンポもとても速いのです。
とても私などには出来るようなものではありません。
だいたい一分くらいのものが多いようです。
とても法話を一分にするのは難しいものです。
ところが恵俊さんは、このTikTokをなさって、とても人気なのだそうです。
『2時間の講演なら,いますぐにでも始められるが,30分の話だと,そうはいかない,2時間くらい用意の時間がほしい.3分間のスピーチなら,すくなくとも一晩は準備にかかる』と言ったアメリカの大統領がいました。
アメリカの第28代大統領であるトマス・ウッドローウィルソンです。
この方は、歴代の大統領の中でももっとも演説がうまかったともいわれているそうです。
それほどに短い話は難しいものです。
この新しい本『さらりと生きてみる』は、そんな恵俊さんの活動から生まれたものです。
本の「はじめに」には、次のように書かれています。
「私はインターネットを通じて、仏教の教えを動画で伝えています。
最近の動画はテンポが速く、短時間で多くの情報を伝えるものが好まれる傾向があります。
「タイムパフォーマンス」、いわゆる「タイパ」という言葉も目にするようになりました。
一方、仏教にはゆったりとした時間のイメージがあるのではないでしょうか。
仏教は、二千五百年の歴史を持つ静かで重層的な深い教えです。
お釈迦様の教えを基に、多くの人々が時代や地域を超えて模索し、発展させてきました。
そんな仏教の教えを、現代の速さに対応する一分の動画で伝える試みを始めました。
はじめは本当に一分でその深さを伝えられるのか、と迷いながらのスタートでした。」
というのであります。
戸惑いながらはじめられたのですが、有り難い反響を得られたと書かれています。
更に恵俊さんは、「一分間で仏教の教えを詳しく伝えることはできません。
しかし、視聴された方々は、自分の過去の経験と仏教の教えを結びつけ、「そういえばこんなことがあった」という共感をもって、理解を深めてくださっています。」
と書かれています。
このように共感してくれるということは、「私たちの内にある「仏性」の共鳴に他なりません」と恵俊さんは説かれています。
そして「この本は、私がこれまで発信してきた内容に加筆修正をし、新原稿を加えてまとめたもの」なのであります。
短い法話が百掲載されています。
そのなかで、82番が「かわいそうなこと」という題です。
「道路で動物が死んでいたら、まず何をしますか?」
と恵俊さんは問い掛けます。
どこに連絡していいかがわからない方も多いのが実際でしょう。
そこで、国土交通省「道路緊急ダイヤル」「#9910」という番号を教えてくれています。
それだけなら単なる情報の紹介でありますが、最後に恵俊さんは、
「ただ、連絡する前に、まずすべきことがあると私は思うのです」と言います。
「その動物は生きているときには、「かわいい、かわいい」と言われていたかもしれません。
それが死んだとたん、気持ち悪がられる存在となってしまうのは、かわいそうです。
だからまず、手を合わせて「南無阿弥陀仏」と言いましょう。
そうすれば自分の心も穏やかになりますし、その動物自身も穏やかな世界に旅立てます。」
と説いてくださっているので、これが短い法話となっているのです。
優しい心であります。
この話のTikTokは、はじめの頃になされたもので、私も拝聴したことがあります。
これを聞いて坂村真民先生の「こおろぎ」という題の詩を思いました。
こおろぎ
すっかり
動けなくなった
こおろぎを
てのひらにのせ
念仏をとなえてやった
けさのかすかな
よいことのひとつ
『さらりと生きてみる』、一分の法話を集めた恵俊さんの本をお薦めします。
そして若き天台僧恵俊さんの一層のご活躍をお祈りしています。
横田南嶺