帯津先生との対談
円覚寺で毎年夏期講座というのを開いていますが、私が鎌倉に来てから三十数年で、来場者が千人を超え会場がいっぱいになって入りきれなくなったのは、元首相の小泉純一郎さんと帯津先生が講師の時の二度でありました。
それほどに人気があり、ご高名な方でいらっしゃいます。
昭和十一年生まれの八十七歳でいらっしゃいます。
東京大学医学部を卒業され、医学部第三外科、都立駒込病院勤務を経て、昭和五七年に埼玉県川越市に帯津三敬病院を設立されました。
ただいまその病院の名誉院長でいらっしゃいます。
他に日本ホリスティック医学協会名誉会長、日本ホメオパシー医学会理事長などの要職にあります。
なんといってもすごいと思うのは、八十七歳の今でも現役で、週のうち月火金の3日は川越(埼玉県)の帯津三敬病院で、水木は池袋にあるクリニックで働いていらっしゃるのです。
対談の日も、病院での診療を終えてお越しになったのでした。
川越のお生まれで、両親は玩具屋さんだったそうですが、医師の道を歩まれたのでした。
東大病院にお勤めの頃に、食道がんのチームにお入りになって、食道がん手術の名手になろうと意気込まれたそうです。
その後都立駒込病院の外科医となられました。
一所懸命にガンの手術をされながらも、がんが再発して病院に戻ってくる人が少なくないことに気がつかれます。
そこで、帯津先生は、どうしてだろうと考えて、体を診ることしかしていない西洋医学には限界があると感じられたのでした。
北京に行って、肺ガン研究所で鍼麻酔による手術をご覧になって驚かれたのでした。
大きな手術をしているのですが、患者さんは意識があって、会釈をされるのです。
腕に何カ所か鍼を打っているだけだというのです。
その鍼麻酔をするには、あらかじめ気功を行っているということを知って、帯津先生は気功に関心を持たれるようになりました。
そうして気功のできる病院にしようと思ってつくったのが、帯津三敬病院だというのです。
帯津先生は体・心・命を一体と捉え、人間を丸ごと対象とするホリスティック医学を提唱なされるのです。
「三敬」という言葉には体、心、命、それから患者、家族、医療団が一体であるという意味を込めていらっしゃるのです。
先生の病院には九十数個のベッドがあるそうで、四分の三ほどがガンの患者さんだそうです。
患者さんがお亡くなりになると先生は、必ずその患者さんのところにいってしばらくベッドの傍で患者さんをご覧になられます。
そうしていると早くて一、二分、長くても一時間もすればみんな安らかないい顔になるというのです。
ほぼ例外はないと仰っていました。
それはこの世の勤めを終えて、ふるさとへ帰って安堵されるような表情なのだというのです。
帯津先生は、今も本を出されていて、今年出版された『八十歳からの最高に幸せな生き方』という本には、こんな言葉がありました。
引用させてもらいます。
「「わからない」はいいこと」という小見出しがあって、そのあとに、
「長年、医師をやってきましたが、人間の生命についてはわからないことばかりです。
わかっているのは、体全体のうち足の底からせいぜいくるぶしぐらいだろうと思います。
西洋医学のように人間をバラバラに分解して、それぞれの役割を考えていくという方法であれば、わかった気になれるのですが、これでは人間をまるごととらえることになりません。
それぞれの臓器が体全体の中で相互にどのように働いているかを知るには、中国医学では前提となっている気の存在が必要になってきます。」
と書かれています。
やはり分らないことはいいことなのです。
帯津先生は、この頃よく耳にする「アンチエイジング」に対して、「ナイスエイジング」という言葉を用いられています。
対談の折にもこの「ナイスエイジング」について先生の定義を拝聴することができました。
それは「老化と死とをそれとして認め、受け入れた上で、楽しく抵抗しながら自分なりの養生を果たしていき生と死の統合を目指す」というお考えなのです。
この楽しく抵抗しながらというところが大切だと思いました。
他に脳梗塞にならない為にどのようなことに気をつけているか、認知症にならないために出来ることはなど、貴重なお話をたくさんうかがうことができました。
この対談はやがて単行本になる予定であります。
帯津先生は、よく貝原益軒の『養生訓』の言葉を用いられますが、帯津先生に出会って『養生訓』のこんな言葉を思いました。
中公文庫『養生訓』にある松田道雄先生の現代語訳を引用させてもらいます。
「およそ人間には三つの楽しみがある。第一は道を行なって、自分に間違いがなく、善を楽しむことである。
第二に自分のからだに病気がなく気持よく楽しむことである。
第三は長生きしてながく楽しむことである。富貴であっても、この三つの楽しみがないとほんとうの楽しみはない。だから富貴はこの三楽に入らない。」
というのであります。
現役の医師として多くの患者さんをご覧になった今も善を楽しみ、健康を楽しみ、そして長生きを楽しんでいらっしゃるのが帯津先生だと感じたのでした。
また先生は、佐藤一斎『言志四録』にある「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」という言葉をその通りに実践なさっているのであります。
こんな素晴らしい先生と出会って、親しくお話をうかがうことができて、なんとも有り難いご縁でありました。
横田南嶺