致知創刊四十五周年記念講演
創刊は、一九七八年の九月一日であります。
「いつの時代でも、仕事にも人生にも真剣に取り組んでいる人はいる、そういう人たちの心の糧になる雑誌を創ろう」というのが創刊の理念であります。
月刊誌ですが、書店では購入できず、定期購読のみになっています。
四十五年、月刊誌を続けて来られたことには、敬意を表します。
しかも『致知』は十一万部を超えているのです。
四十五周年の講演会にも、会場には、一六五〇名もの方々が集まっているのです。
出版業界はどこも苦しい中にあって、致知は独自の信念を守り、今も多くの読者に支えられ発展しているのであります。
致知が精神的支柱としている方は次の四人の先生です。
まずは安岡正篤先生です。
実際に致知は、安岡先生の著書をたくさん出されています。
それから森信三先生です。
森先生の『修身教授録』をはじめ多くの書籍を出してくれています。
それから詩人の坂村真民先生です。
私も致知出版社から、真民先生の詩集百選を出させてもらっています。
それから京都大学元総長の平沢興先生です。
致知という名は「格物致知」から来ています。
「格物致知」とは『広辞苑』には、
まず「学問・修養法の一つ」として、
「朱子学では、自己とあらゆる事物に内在する個別の理を窮めて(格物)知見を拡充(致知)し、普遍的な道理・法則に達すること。」
そして「陽明学では、心のはたらきを正し、先天的道徳知としての自己の良知を十分に発揮(致良知)すること。」と説かれています。
致知のホームページには、
「とかく現代人は、知識や情報にばかり囚われがちですが、頭で分かっているだけの知識や情報はあまり役に立ちません。
体験することによって初めて、その知識や情報は生きる力になると言えるでしょう。
実践を通して本物の知恵を身につける、という意味を込めて、誌名を『致知』と名づけました。」
と分りやすく解説してくれています。
『致知』と私とのご縁はというと、二〇一三年の二月号に、森信三先生の高弟であった寺田一清先生と対談をさせてもらい、その対談記事が掲載されました。
それから二〇一四年六月号から「禅語に学ぶ」という連載記事を書かせてもらっています。
先だって二〇二三年九月号で連載も百回を数えました。
その間には、実に多くの方々と対談させてもらいました。
五木寛之先生のような高名な方とも対談させてもらい、対談本も作ってもらいましした。
この度は、WBC日本代表監督の栗山英樹さんとも対談をさせてもらったのでした。
今回の講演会は、ノーベル賞を受賞された大村智先生と藤尾秀昭致知社長と私との三人の講演でありました。
大村先生とは、かつて致知出版社の新春講演会でもご一緒したことがあります。
また円覚寺の夏期講座にもお越しいただいたこともありますので、何度かお目にかかったこともあるのです。
講演の最初は私が勤めました。
大村先生の前座でありますので、大村先生の講演に向けて場を温めておけばいいと考えて行いました。
一六五〇名もの方々が自分の講演を聴きに来ていると思うと緊張してしまいますが、大村先生の講演を聴く為に集まった皆さんを前に前座を務めるのだと思えば、気が楽になるものです。
私は「信ひとつで」という題で講演をさせてもらいました。
皆さんはとても熱心な方々なので、講演は行いやすいものでした。
大村先生のお話は何度か拝聴していますものの、何度伺っても心に響きます。
大村先生のお母さんは学校の先生だったそうです。
お母さんの教員時代の日誌には、最初のページに、
「教師たる資質は、自分自身が進歩していることである」と書いてあったという話は何度伺っても襟を正す思いがします。
この言葉が大村先生の生涯の研究の原動力になったというのです。
オンコセルカ症という病気があって、主にアフリカで感染者が多く、これによって失明する方も多く、一一五万人が失明されたのだそうです。
その薬としてイベルメクチンを開発されたのでした。
この薬を年に一回投与すればいいというのですから、画期的であります。
この薬で多くのアフリカの人たちが救われたのです。
犬のフィラリヤや、人間の疥癬にも効くのだそうです。
二〇一五年にはノーベル賞を受賞されたのです。
大村先生は、実に古典もよく学ばれて、薬の開発によって得られた利益によって、北里研究所に貢献し、埼玉県北本市に病院をつくり、地元の山梨県韮崎市に美術館を作られるなど、自分の為のみならず、広く地域や社会に貢献されている菩薩さまのような先生でいらっしゃいます。
「芸術は自然とともに、一体となって人間を導く」というローマの格言を引用されていました。
大村先生は数多くの絵画を病院に寄贈して飾られています。
また、松原泰道先生とのご縁があるのです。
控え室でも親しくお話させてもらいました。
大村先生が、
「小才は、縁に出合って縁に気づかず、
中才は、縁に気づいて縁を生かさず、
大才は、袖ふれあう縁をも生かす。」
という柳生宗矩の言葉を引用されていたのも心に残りました。
藤尾秀昭社長の講演も何度も拝聴していますが、毎回感動するものです。
「人が生きていく上で欠かしてはならない大切なものが三つあると、お釈迦様が言っています。
一は人生の師
二は人生の教え
三は人生を共に語り合える友」
という話を最後になさっていました。
これは仏法僧の三宝のことなのですが、三宝に帰依しましょうというよりも、こうして分りやすく説いた方が心に響きます。
懇親会にも多くの方が集まってくれていました。
お若い方のお姿も見受けられたのが、うれしく思いました。
初めに王貞治さんの心のこもったお祝いのメッセージが朗読され、そのあと北尾吉孝さん、鈴木秀子先生、数土文夫先生などの方々が祝辞を述べられていました。
乾杯の発声は、サプライズでお見えになった栗山監督で、大いに盛り上がったのでした。
かくして諸先生方ともお目にかかり、充実した講演会を務めさせてもらったのでした。
横田南嶺