Zen2.0で布薩
Zen2.0は、鎌倉を舞台に開催される、禅とマインドフルネスの国際カンファレンスと銘打っているだけに、実に海外からも多士済々の方々が登壇され、対談などをなさっています。
これは2017年から始まっているもので、毎年建長寺で行われています。
第一回の時には、私もお招きいただいて、藤田一照さんや、スティーブン・マーフィ重松先生と鼎談させていただいことがあります。
それ以来のことですから、六年ぶりにお邪魔したことになります。
先日この欄でご紹介したように、今回は一般の方々と共に布薩を体験したのでした。
「布薩」は岩波書店の『仏教辞典』によれば、原語はウポーサタで、「火もしくは神に近住する意。
婆羅門教の新月祭と満月祭の前日に行われた儀式を仏教に取り入れたもの。」というのがもともとであります。
それから、仏教においては、
「半月に一度、定められた地域(結界(けっかい))にいる比丘達が集まって、波羅提木叉を誦して自省する集会。
のち、月に6回、六斎日(ろくさいにち)に在家信者が寺院に集まって八斎戒を守り、説法を聞き、僧を供養する法会が盛んになり、これも<布薩>と称するようになった。」
というものです。
波羅提木叉というのは、戒の条文のことです。
布薩というのは、平たく申しますと、戒を読み合わせて反省する会のことであります。
これを円覚寺の修行道場では毎月二回行っているのです。
一般には公開していない行事なのですが、数年前にZen2.0の共同代表である三木さんと宍戸さんとが参加されたことがあり、それ以来都合のつく時に継続的にご参加されてくれていました。
いつも行っている布薩は懺悔の気持ちを身体で表わして百の礼拝を行っています。
『仏教辞典』にもあるように、かつては在家信者もその布薩の時に、お寺に参って八斉戒を守り、説法を聞くということを行っていたのでした。
八斎戒というのは、在家信者の守るべき五戒、
不殺生(むやみに生き物を殺さない)
不偸盗(人の物を盗らない)
不邪婬(男女の道を守る)
不妄語(嘘偽りを言わない)
不飲酒(酒に溺れない)
の五つにくわえて、
「装身具をつけず歌舞を見ないこと、
高くて広いベッドに寝ないこと、
昼をすぎて食事をしないこと、」
という三つをくわえて八斎戒となるのです。
いつか、この布薩を一般の在家の方々と共に行ってみたいと思っていたのでした。
そんな話を三木さんや宍戸さんとしていて、今回のZen2.0での布薩となったのでした。
一般の方々と行うので百の礼拝は無理だと思いました。
実際に当日会場に行ってみると、建長寺の一室を与えてもらっていましたが、予想をはるかに超える参加者でいっぱいとなっていました。
空調のある部屋なのですが、あまりにも大勢の方が詰め込まれて、熱気がたいへんであります。
しかも広い部屋でしたが、人が多すぎて狭く感じます。
実際に礼拝も窮屈なくらいでした。
その暑さなどを考慮して二十回くらいの礼拝をゆっくり行ったのでした。
七十分の時間をいただいていたので、はじめにこの布薩の意味、現代に於ける意義などを話しました。
仏教では古来「戒定慧」の三学というのを大事にしています。
戒というのは、戒めや禁止事項というよりも、よき習慣というのが原語の意味に近いのです。
まずよい習慣を身につけて生活を調えて、その上で禅定に励みます。
一般に坐禅というと、すぐに身体と呼吸と心を調えましょうと言いますが、その土台となるのは毎日の暮らしです。
生き物をむやみに殺さないように、傷つけないように、人を傷つけるような言葉を口にしないように、酒に溺れてしまわないようにというよい習慣を身につけて生活を調えた上ではじめて身体と呼吸と心を調えるのです。
そこで毎日の生活を調えるのが戒、よき習慣なのです。
まず私達が今まで命をつないできたのには多くの犠牲がありました。
私たちの命は、一代だけでできるものではありません。
何代も何代にもわたって受け継いできた命です。
その間には、他の生命をいただいてきたのでした。
貪りや怒りによって命を傷つけたこともあったのです。
そのことをまず謙虚に反省して懺悔の礼拝をします。
礼拝は、初めての方々にも分りやすいように、たちあがって合掌して、
まず第一に両膝を地面につける、
第二に両手を床につける、
第三に額を床につけるの三つの動作にして教えました。
額を床に付けたときに両手のひらを上に向けて耳の高さまで持ち上げます。
そうしてお釈迦様のおみ足をいただくのであります。
それからまた立って合掌してこれを繰り返します。
はじめに
南無釈迦牟尼仏
南無観世音菩薩
南無三世三千諸仏
という仏名を唱えながら九回の礼拝を行いました。
それから
我 昔より造るところの諸々のあやまちは
皆、はてしなき むさぼり いかり おろかさによる
身(からだ)と口とこころより生ずるところのもの
すべて 我 今みな懺悔したてまつる
という懺悔文を唱えて礼拝。
次に三帰依文を唱えました。
自ら佛に帰依したてまつる
当(まさ)に願わくは、衆生(しゅじょう)とともに
大道を体解(たいげ)して、無上心を発(おこ)さん。
と唱えて仏様に帰依するということは、真理に目覚めた人をよりどころとして明るく生きようということですと解説して礼拝しました。
次に
自ら法に帰依したてまつる
当に願わくは、衆生とともに
深く経蔵に入りて、智慧海の如くならん。
と唱えて、宇宙の真理に則って正しく生きましょうと解説して礼拝しました。
それから
自ら僧に帰依したてまつる
当に願わくは、衆生とともに
大衆を統理して、一切無礙ならん。
と唱えて、教えを学ぶ仲間をよりどころにして仲よく生きましょうと解説して礼拝しました。
次に三聚浄戒を唱えました。
第一摂律儀戒(しょうりつぎかい)
み教えにしたがい 過ちのない行いに 生き
と唱えました。これは悪いことはしないようにというよい習慣です。
それから
第二摂善法戒(しょうぜんぽうかい)
み教えにしたがい 善き行いにつとめ
と唱えました。これはよいことを積極的にしてゆこうというよい習慣です。
第三摂衆生戒(しょうしゅじょうかい)
みほとけの作すが如く、いのちと人の世に誠を尽さん
と唱えました。これは人の為に尽くしましょうというよい習慣です。
三聚浄戒を唱えて礼拝をしたのでした。
最後に十善戒を唱えました。
第一不殺生(ふせっしょう)
すべてのものを慈しみ、はぐくみ育て
第二不偸盗(ふちゅうとう)
人のものを奪わず、壊さず
第三不邪婬(ふじゃいん)
すべての尊さを侵さず、男女の道を乱すことなく
第四不妄語(ふもうご)
偽りを語らず、才知や徳を騙(たばか)ることなく
第五不綺語(ふきご)
誠無く言葉を飾り立てて、人に諂(へつら)い迷わさず
第六不悪口(ふあっく)
人を見下し、驕(おご)りて悪口や陰口を言うことなく
第七不両舌(ふりょうぜつ)
筋の通らぬことを言って親しき仲を乱さず
第八不慳貪(ふけんどん)
仏のみこころを忘れ、貪りの心にふけらず
第九不瞋恚(ふしんに)
不都合なるをよく耐え忍び怒りを露わにせず
第十不邪見(ふじゃけん)
すべては変化する理を知り心を正しく調えん
と唱えて礼拝して、最後に「誓いの言葉」を唱えました。
「私達は、仏陀釈尊の慈悲のこころを学び、慈悲のこころを実践するために修行いたします。仏陀釈尊の弟子として、如何なる理由があろうとも、決して人に暴力、暴言を与えることをいたしません。一人一人の仏心仏性を拝みあい、ここに仏陀釈尊の弟子として恥じることのない、敬愛和合の道場を築くことを誓います。」
そして最後に三拝して三分ほど静かに坐って戒にもとる行いがないかどうか反省して終わったのでした。
初めての一般の方々との布薩、皆さんがどのような感想をもたれたかは分りません。
暑いし、部屋いっぱいの人だし、受講してくださる方もたいへんだったと思います。
数名の方からは、とてもよかったというお言葉をいただいてホッとしたものでした。
この布薩が円覚寺でも出来たらいいなと思っているところであります。
横田南嶺