やさしいライオン
古い本で、昭和六十一年に発行されたものです。
折に触れて、紐解く本であります。
中日新聞に昭和五十八年から五十九年まで連載されていたものをまとめた本です。
詩人の詩などを紹介して、それに米沢先生が文章を添えているものです。
その中に詩人の高田敏子さんの詩がございます。
雨の日の花
雨がふっている
花は咲いている
花の上に落ちる雨
悲しんでいるのは
雨だった
花をよけて
雨はふることができない
花は咲いている
雨の心をいたわり、うけとめて
花びらに 雨の心をひらかせて
花は咲いている
という詩です。
それに米沢先生は、
「真実を言うとね。
雨も無心。花も無心なんだ。
雨は花だけよけて降るなんて、器用なことできはせんのだ。
花をぬらして、かわいそうと感じるのは、詩人の心なんだ。
実は、ここにこそ、人間があるのだ。
無心と無心の出あいをみて、そこに、あわれを感じるのが、真の人間心なのだ。」
と説かれています。
また、その本の中に、
「人間中心、エゴ中心」という一章があります。
その章のはじめには、詩人であり、作詞家でもあった宮澤章二先生の詩が紹介されています。
考えさせられる詩であります。
「小さなできごと」という題です。
小さな町の できごとを
小さくのせた新聞
ぼく おぼえてる
くまが 一ぴき あらわれたんだ
食べ物さがしに来たのかな
それとも ひとりでさびしくて
うろうろ まよっていたのかな
冬の小さなできごとさ
と書かれています。
しかし、その後に
「小さな町の できごとを
小さくのせた新聞」
としてくまが一匹殺されたという小さな記事になっていたという話なのです。
宮澤さんは、
「どうしてみんなに鉄砲で
うたれなければならないのか
くまにはわかっていたのかな」
と詠っています。
それに対して米沢先生は、
「クマに他意はなかったのかもしれないが、町当局は大慌てで早速、猟友会員を動員してクマを射殺してもらい、被害を未然に防いだと大得意かもしれないが、クマがかわいそうだな。
そう思っているのは、この少年だけかもしれない。」
と嘆かれています。
「この世は人間中心だから」という米沢先生の言葉に考えさせられます。
そのあとに米沢先生は、
「「やさしいライオン」という童話があった。」と書いています。
どんな内容か、米沢先生は本書に、
「犬に育てられたライオンが、サーカスに飼われて曲芸をやっていたが、育ての親の犬が重病ときいて、サーカスを抜け出し会いに行く途中で、猛獣が逃げたというので射殺された。」
と簡潔に書かれています。
そこで気になって、この「やさしいライオン」について調べてみました。
「やさしいライオン」は、一九七五年に初版発行された絵本になっています。
作者はやなせたかしさんです。
やなせたかしさん没後十年記念出版として、今年三月にこの『やさしいライオン』も刊行されていて、手に入れることができました。
母親がわりの犬に育てられたというライオンの話であります。
はじめは小さかったライオンでしたが、だんだんと大きくなってゆきました。
そして動物園にもらわれてしまい、やがてサーカスの人気者になるのです。
でも育ててくれた犬の母のことが気になって飛び出してしまいます。
絵本には、
「ちいさい まちは
おおさわぎに
なりました
ライフルを もった
けいかんたいが
ライオンの あとを
おいかます」
と書かれています。
確かにライオンが町に出てくればそうなるでしょう。
ライオンは、町の外れで、すっかり年を取って今にも死にそうになっている犬の母を見つけました。
今度こそ離れないで一緒に暮らそうねといって犬を抱いているライオンに向かって警官隊は「打て」と命じたのでした。
絵本には、
「うっては
いけないのに」
「とても
やさしい
ライオンなのに」
という言葉がございます。
なんとも悲しい話であります。
このところ、クマが町に現われたという報道もよく耳にします。
考えさせられる話であります。
この章の最後に米沢先生は、
「人間ってえ奴は、イヤ私ってえ奴は、まことにえて勝手なものです。」
と書かれています。
人間はどうしようもないで終わるのではなく、私はどうしようもなく勝手なものだという反省が大事であります。
こんな文章を書いていると、足にチクッと痛みが走りました。
小さなムカデでありました。
人間から見れば、ムカデは害虫だというのでしょうが、ムカデにしてみれば、自分の通り道を私が塞いでいただけのことでしょう。
ムカデにはすまないねといって、そっとタオルでくるんで庭に出てもらいました。
ちょうど米沢先生の本には、
「ある小学校で益虫害虫の勉強の時間に、そのクラスの腕白坊主が「先生、人間はどちらに入るのですか」と聞いたという。
どうも害虫の方に入る公算が大だな。」
と書かれていました。
そうかも知れません。
そういう自覚も大切であります。
幸いにまだほんの小さなムカデでしたのが、あまり腫れずにすみました。
先日の『あらしのよるに』といい、この『やさしいライオン』といい、絵本というのは、深い内容があります。
横田南嶺