ご縁多き一日
それこそ次から次へとお目にかかる方がいらっしゃってくださる日となりました。
かつて春秋社に勤めていらっしゃって、私の書籍の編集も担当して下さった方もお見えになってくださいました。
最近の本の出版事情などについて、あれこれと話が弾んだものです。
紙で作った本が年年うれなくなってきているのはよく知られたことです。
各出版社は、電子書籍にもとりくんでいます。
しかし電子書籍の売り上げがいいのかというと、そうでもないというのです。
たしかに電子書籍は今とても多くなっているのですが、そのほとんどはコミックの売り上げなのだそうです。
考えさせられる問題です。
電子化の傾向は避けられないのですが、そうかといって紙の本も無くなるわけではないのです。
しばらくは、どちらも並立していくのが実情でしょう。
次には、『これからの供養のかたち』を書かれて井出悦郎さんが訪ねてくださいました。
井出さんとの話も弾みました。
ちょうどお昼時でもありましたので、お弁当をいただきながら話をさせてもらいました。
井出さんのことは以前にも紹介したことがあります。
著書には
「1979年生まれ。東京大学文学部卒業。
東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)、グリー、 ICMG を経て、 2012年に一般社団法人 お寺の未来を設立。
現在、同法人代表理事。 寺院や宗派を対象とした豊富なコンサルティング実績を持ち、 寺院紹介ポータルサイト「まいてら」を運営。
複数の企業の経営顧問も務め、 経営論理と現場の人間心理にもとづく俯瞰的かつ長期的な視座による助言に定評がある。」
と書かれています。
お話していてとても聡明な方だと感じ入りました。
井出さんは、事務所を都内の本願寺派のお寺に置いていたこともあるほどで、本願寺派の内情にも詳しく、寺院のいろんな問題について話をうかがうことができました。
井出さんの『これからの供養のかたち』はとても良い本なので、三十冊ほど購入していろんな方に差し上げています。
私が管長日記でも紹介したことが、この本を出版した祥伝社の方の眼にも留まったらしく、祥伝社の方からご丁寧なお手紙を頂戴したりしました。
祥伝社というと、私にとりましては恩師松原泰道先生が『般若心経入門』を出版されたところなので、特別な思いがございます。
私もいつの日か、祥伝社から出版をとも思いますが、まだまだ恐れ多いという思いが強いものです。
『これからの供養のかたち』には「故人の遺志が正しいとは限らない」という一節があります。
これも考えさせられることなので、紹介します。
井出さんは本書の中で、
「近年の葬儀では故人の遺志が尊重される傾向があり、半数の生活者は近親者の葬儀において故人の遺志を最も重視すると回答しています」と述べた上で、
「故人の遺志を尊重することは人間感情として首肯できる一方、故人の言うことや要望を妄信することの危険性もあります。」
とも指摘されているのです。
どういうことかというと、
「たとえば、親が葬儀しないと言ったため、火葬のみの直葬にしたり、生前からとにかく葬儀は安くと要望していたため、葬儀会場には生花の用意がないといったケースもあります。
しかし、実の親に対して葬儀をしっかり執り行わなかったことがとても気になって後悔し、火葬からかなり日数が経って、お骨の状態で葬儀を執り行う骨葬をすることもあります。」
というのであります。
葬儀というのは、慣れるものではありませんし、急に行わないといけないこともあって、あれこれと迷いあわてるものであります。
井出さんは、そこで西法寺の西村住職の「葬儀は残された人のためにあるという視点が欠けている時がある」という言葉を引用されています。
「死にゆく者の思いと、残された者の思いは異なります。自分が死んだ時はこうせえ、ああせえと言わないほうがよいです。」
ということもあるのです。
西村住職は「以前、「自分が死んだら遺骨をばらまいておけ」と生前にいつも言っていた方の妻と娘さんが相談に来られました。
金銭面の配慮だったかもしれませんが、夫の死後もその言葉が重くのしかかり、お葬式をしませんでした。
遺骨を自宅に何年も安置し、心の整理がつかない不安を吐露されたので、きちっとお葬式をしましょうと提案しました。
残された人が亡くなった人をどう受け止めていくかという自由がないと、死んだ人のエゴにずっと束縛されることになります」というのであります。
そこで井出さんは、
「供養は亡くなった人と生きている人のバランスで成立するものです。
どちらか一方に偏ると後悔が出たり、長期的に供養を続けることが難しくなったりと、不具合が生じます。」
と親切に説いて下さっています。
なかなか難しい問題ですが、大いに参考にしたいものであります。
井出さんとは、只今仏教界の問題である後継者不足についてなど、また今の時代にふさわしい僧侶の養成とはどのようなものか話合いました。
午後からかまくら春秋社の方が、ある方を紹介して見えて下さいました。
この秋には、かまくら春秋社から、前田万葉枢機卿との共著が出版の予定であります。
そのあとは、武術研究家の甲野善紀先生にお越しいただいて、指導を賜りました。
実に貴重なご縁をいただいた感動の日なのでありました。
横田南嶺