「楽しさ」を活動の中心に
岩出先生は、只今帝京大学スポーツ局局長でいらっしゃいます。
昭和三十三年和歌山県の生まれで、和歌山県立新宮高等学校を卒業していらっしゃいます。
新宮高校は私の母校でもあります。
郷土出身の先生であります。
新宮市からは、佐藤春夫や、鳩ポッポの歌を作詞された東くめ、作家の中上健次さんなどが出ています。
只今ご活躍なのは、ラグビーの岩出先生でいらっしゃいます。
岩出先生は日本体育大学体育学部を卒業し、滋賀県の教育委員会、中学校、高校勤務を経て、帝京大学ラグビー部監督に就任されています。
創部四十周年にして初の全国大学選手権優勝をなされて以来、同選手権では優勝を続け、史上初の9連覇を果たされたのでした。
更に令和四年と令和五年の全国大学選手権で優勝し、V11を達成されたのでした。
昨年の十二月二十二日に、この管長日記で「脱・体育会系」と題して岩出先生のことを書いたことがありました。
以前書いた管長日記には、
「監督に就任して以来、最も力を入れて取り組んできたのは「脱・体育会」の試み」だということです。
「体育会系の組織によくありがちな、監督・四年生を頂点としたトップダウン型組織、ピラミッド構造を逆転させようとしてきたのです。」
というのです。
ラグビー日本一と聞くと、それは体育会系で鍛えていると思ってしまいます。
ちなみに「体育会系」とは『広辞苑』で調べてみると、
「運動部員のような気質・雰囲気があること。
先輩・後輩の上下関係に厳しく、強い精神力と体力を重視することなどにいう。」
と解説されています。
記事にも、
「なぜ「脱・体育会」を始めたかというと、従来の体育会系組織では、入部した新入生が2年生・3年生になっても精神的に幼く、モチベーションもどことなく低い実感があり、それは上から指示されてばかりで主体性が育っていないから」などなど、いろいろ岩出先生がお考えになったのでした。」
と書いています。
今回もこの脱体育会系の取り組みについても語ってくださいました。
今回の講義でレイバーとワークという働き方を説明してくださいました。
レイバーとは、産業革命以前の肉体を使った労働のことで、指示命令の通りに動くことです。
ワークは工場やオフィスでの仕事のことで、これは飴と鞭によってなされています。
それに対して「プレイ」というのは、人間にしかできない、質の高い仕事を言います。
監督やコーチの指示通りに動くことは、「レイバー」や「ワーク」の世界であり、そこに楽しさを見いだすのは難しいのです。
修行道場なども全く指示通りに動くことを要求される世界です。
岩出先生は、そのことに疑問を感じられたのでした。
「プレイ」は、本人の内発的な動機によるものなのです。
そんな中で、リーダーシップに求められるのは、組織をトップが一人で懸命に引っ張る支配型リーダーシップではなく、組織の理念やビジョン、方向性を決めたら、実際のオペレーションは現場に任せ、トップには現場が動きやすいように支援・サポートしていく支援型リーダーシップが求められるというのです。
岩出先生のご著書『常勝集団のプリンシプル』には、
「メンバーたちが自身のアイデアによって、練習内容も方法も、試合での戦略も戦術もどんどん変えて構わないという裁量と自主性、自律性を与えていかないと、「プレイ」の能力は伸ばせません。」
と書かれています。
私は特別に岩出先生の本を読んで行っているのではないのですが、これなどは、今修行道場で行っていることとほぼ同じなのです。
どんな修行をするか、どんな時間割で修行をするのかを皆で話し合って決めさせるようにしています。
岩出先生も「トップやマネジャーが口を出したくなるところをいかに我慢できるかも、重要な勘所です。」
と書かれていますが、私も修行僧達が決めたことには、口出ししないように心がけているつもりです。
岩出先生は、ご講義のなかでも「楽しむ」ということを強調されていました。
英語のエンジョイでありますが、エンジョイのenは作る、joyは喜びだそうで、喜びを作るのです。
先のご著書にも、
「「楽しさ」を活動の中心に置く」として、
「最も大事なのは、「現在」を100%楽しむことです。
私のような昭和世代からすると、「楽しむ」という言葉には、少し生ぬるい印象がありました。
スポーツ、あるいはビジネスなどの真剣勝負の場に、「楽しむ」という概念を持ち込むのは、はばかられるという感覚です。
しかし、こうした感覚はもはや古いと言えるでしょう。」
と書かれています。
更に「人が最もやる気になるのは、行為そのものに「楽しさ (Play)」を感じる時です。
「楽しさ」が動機であれば、仕事でも、減量でも、成功する確率が高まります。
なぜなら、人間は元来、学ぶことや適応することが好きな動物で、誰もが無意識のうちに楽しむ機会を探そうとしています。
よって、その環境を整えてあげれば、高いパフォーマンスを発揮できる確率が高まるからです。」
と書かれいるのには、私も全く同感なのであります。
それからご講演で心に残ったのは、常に三人で話し合いの場を設けるということでした。
一人は説明する役、一人は聞く役、もう一人は第三者の目でみる役だというのです。
これを三人トークというのだそうです。
練習中でもミーティング中でもこの三人トークを頻繁に行うのだそうです。
これはいいことだと思って、早速修行道場でも取り入れてみようと思いました。
昔から「三人寄れば」なんとやらと申します。
ご講演のあとは、控え室でお昼を一緒にいただきながら、さらにいろいろとお話をさせてもらいました。
岩出先生は、本当に学生一人ひとりのことを真剣に考えていらっしゃるなと感じ入りました。
その日は、先生の教え子であり、メゾンカカオ株式会社の石原紳伍さんにも加わっていただいて、岩出先生とトークをなさってくれていました。
岩出先生の教えを学んで実社会でも活躍されている方にも接して有り難いことでありました。
横田南嶺