脱・体育会系
書店で販売されているものではなく、定期購読しかできない月刊誌であります。
私も毎月禅語の連載を担当させてもらっています。
『致知』は人間学を探究する月刊誌で、有名無名を問わず、各界各分野で一道を切り開いた人物の体験談を紹介してくれています。
もう何年も前から、修行道場において、皆でこの致知を学ぶ勉強会を開いています。
毎月の記事の中から、ひとつの記事を選んでみんなで読んで感想文を書いて発表し合うのであります。
感想文という文章に書くことにも大きな意味があります。
そしてその感想を聞いては、またその感想をお互いに伝えるのであります。
決まりがひとつあって「美点凝視」と言います。
必ずよい点をみつけて褒めてあげるということなのです。
今回は、「勝ち続けるチームのつくり方 帝京大学ラグビー部V10への軌跡」という記事を選びました。
帝京大学スポーツ局局長の岩出雅之先生の記事であります。
私はラグビーのことは全くよく分からないのですが、記事によれば帝京大学ラグビー部というのは、圧倒的な強さで史上初となる大学選手権9連覇の偉業を達成したということです。
「しかし連覇が途切れ、2021年度に再び王座を奪還するまでの4年間、日本一から遠ざかる試練の時を経験した」のだそうです。
そんな帝京大学ラグビー部を育て上げてきたのが岩出雅之先生なのです。
記事を読んで、一番驚いたのが、
「監督に就任して以来、最も力を入れて取り組んできたのは「脱・体育会」の試み」だということです。
「体育会系の組織によくありがちな、監督・四年生を頂点としたトップダウン型組織、ピラミッド構造を逆転させようとしてきたのです。」
というのです。
ラグビー日本一と聞くと、それは体育会系で鍛えていると思ってしまいます。
ちなみに「体育会系」とは『広辞苑』で調べてみると、
「運動部員のような気質・雰囲気があること。
先輩・後輩の上下関係に厳しく、強い精神力と体力を重視することなどにいう。」
と解説されています。
記事にも、
「なぜ「脱・体育会」を始めたかというと、従来の体育会系組織では、入部した新入生が2年生・3年生になっても精神的に幼く、モチベーションもどことなく低い実感があり、それは上から指示されてばかりで主体性が育っていないから」などなど、いろいろ岩出先生がお考えになったのでした。
この点の考えは私も全く同じなのであります。
修行道場なども全くもって「体育会系」そのものでした。
そうしますと、言われたことだけはきちんとしますが、自分で何も考えたり、工夫しなくなってしまいます。
せっかくの修行もやらされているだけになってしまいます。
また修行道場では、ほんの数年しか修行していないのに、すぐに目上の立場になってしまい、それが時には傲慢になってしまうこともあるものです。
岩出先生が、どういうことをなさったかというと、
「主には1年生の役割だった部の雑用などを余裕のある4年生に少しずつ移行させ、組織の「逆ピラミッド化」を推進」したというのです。
これも私の試みと全く同じなのであります。
入りたての修行僧には、掃除の時のゴミ取りや、食事の給仕などなど、いろんな仕事があります。
それらを新入りの僧に強要するのではなく、長年修行している者もみな平等に行うようにしたのでした。
ところが、岩出先生は、
「新入生の雑用をゼロにし、「逆ピラミッド化」がほぼ完成したと思った」らしいのですが、
なんと「次第に上級生に雑用をしてもらうことが当たり前になり、尊敬や感謝の念が薄れていったのです。
そうなると、「上級生が頑張っているのだから、私も努力しよう」という成長へのエネルギーが湧いてこなく」なったというのであります。
「慣れ合いやぬるま湯的な空気感が出てしまった」というのです。
そこでどうすればいいかというと、岩出先生がもうひとつ大事だというのは、「野心的目標」なのです。
「メンバー一人ひとりの目標達成への責任感を高めるアプローチを結果としてしっかりやりきれていなかったために、気づかないうちに「快適ゾーン(仲良しグループ)」に陥ってしまっていた」と反省されたという話です。
さて、ここで岩出先生のラグビー部と修行道場とでは大きな違いがでてきます。
私たちの道場では、この目標が明確ではないのです。
帝京大学ラグビー部に入る人というのは、それなりの覚悟と目標をもっていることでしょう。
修行道場も同じように思われるかもしれませんが、お寺の跡継ぎの子が修行に来ることが大半なのが実情です。
かつて馬祖禅師が「坐禅して仏になろうとしている」というような高い目標があるかというと、心もとないものです。
もっとも、修行僧の中には、「ただ三年過ごせばそれでいいでは、困難な世の中を生き抜くには難しい」という意見を持っている人もいるのであります。
それから岩出先生は、今よく耳にするZ世代の特徴について書かれていました。
それは「全員がそうではありませんが」と断りながらも、
「言われたことしかしない」「失敗を恐れる」「強く指導すると心が折れる」「何を考えているか分からない」「相談せずに(会社を)突然辞める」などが一般的に指摘されるZ世代の特徴だというのです。
こういうことも私どもの道場でも同じなのです。
そこで岩出先生は、
「具体的に私が心掛けたことの一つは、何かに取り組む時に「なぜそれをやるのか」、目的を事前にきちんと説明し、行動の価値に納得してもらうということ」だというのです。
なるほど、岩出先生が、実感されたことというのは、
「何より指導者自身が「無知の知」に徹し、常に変化・成長する努力と学習を怠らないことの大切さ」だというのです。
今の世代の人たちのことを嘆くのではなく、指導する側の努力が足らないことを反省すべきだということなのです。
私もこれは大いに反省させられました。
まずはどうしたら坐禅に興味をもってもらえるだろうかというところから、取り組んでゆきたいと思っています。
岩出先生は、私と同じ和歌山県新宮市のお生まれです。
郷土の偉大なる先輩の言葉に大いに啓発されたのでした。
横田南嶺