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臨済宗大本山 円覚寺

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2023.05.14
今日の言葉

困惑、失望、そして…

先日東京の学士会館で、一休フォーラムというのが開催されました。

百数十名ものご参加で実に盛況でありました。

花園大学国際禅学研究所が主催であります。

妙心寺派東京禅センターが共催なのです。

私は、ただいま花園大学の総長を務めていますので、役目柄、開会と閉会の挨拶をするように頼まれたのでした。

実のところ、これはかなり複雑な思いで引き受けたのでした。

なんといってもまず感じたのは「なぜ今一休なのか」という困惑であります。

何か一休について見直そうという動きがあったとも感じられませんでした。

もっとも、このたび芳澤勝弘先生が、ご労作『一休宗純 狂雲集再考』という大著を出版されたことから、この会を開くことになったようなのです。

ですからこの会には大きな意義があることが分かりました。

そこで、会を前にして芳澤先生から、この御高著をお送りいただいたのでした。

大著でありますが、拝受してざっと目を通してみると、困惑は失望へと変わりました。

『狂雲集』をはじめて読んだのは高校生の頃でありました。

とても衝撃的な内容に驚きました。

アニメの一休さんとは全く異なる人物なのです。

「大燈国師の開山忌に際してしかつめらしく諷経(読経)するのが耳障りだから、自分は雲雨(交情)の風流事を済ませる」という詩が残されています。

想像しがたい内容なのです。

しかし、芳澤先生の著書には詳しい補注があるのですが、そこに柳田聖山先生の解釈が示されています。

この詩の題は「大燈忌宿忌以前、美人に対す」となっているのですが、この「美人」について、柳田先生は「じつは大燈国師その人なのです」と解釈されました。

そうしますと、この詩の意味は一変します。

形式的に花を供え、お饅頭を供えてお祭りをすることが、法要なのではないことを示していて、大燈国師と親しくお目にかかって語り合うことこそ、祖師の意にかなうということなのです。

一九八〇年に出版された柳田先生の『一休 「狂雲集」の世界』にみえる解釈は、当時高校生だった私には、大きな光となりました。

一休禅師は、破戒僧などではないのだ、真に大燈国師を慕い、虚堂禅師の教えを受け継いだ祖師そのものだと安堵したのでした。

この柳田先生の本が出版されたとき私は十六歳の高校生でありました。

「〈ふつうなら傍らにも近寄れない、恐ろしい開山さまと、わしは一晩中、膝を交えて語り明かしたぞ〉とうたうので、そこに一休の、大灯に寄せる並々ならぬ思慕の情、一心同体の感動がうけとれます」という柳田先生の言葉に感激したのでした。

この言葉を芳澤先生も引用されて、

「禅宗史学の第一人者が満腔の怒りと確信をもって提起した、旧説をくつがえす新説は、驚きをもって受け止められ、かつ賛嘆され、その新解釈ゆえに讀賣文学賞を授与されたために、珍説ではなく新しい学説として担保されることになったのである。」

と説かれています。

また柳田先生は、水上勉さんとの対談(中央公論社『海』一九七四年)のなかで「かりに一休という人はひじょうに持戒堅固であって、清僧であったかもしれない」とまで言っています。

しかし、芳澤先生は綿密な考証を行った結果、この詩の美人が、祖師である大燈国師を指すとは考えられないと断言されています。

私の困惑は失望に変わったのでした。

私にとっては、清僧一休のままでいて欲しいと思ったのでした。

しかし、更に会が近づくにつれて、飯島孝良先生の『語られ続ける一休像』を読んでいると、また思いが変わってきました。

一休像は変化します。

時代によって変わり、またその人によっても変わるのです。

そんな推移を学んでいると、私たち後世の者があれこれと思い描く一休像などを、すべて否定し去って、そのはるか彼方に超然としているのが一休さんではないかと思うようになりました。

如何なる一休像も砕いて退けるところにこそ、一休の真面目があると思ったのでした。

そうしてみると飯島先生が『語られ続ける一休像』に引用された「伝統を常に破って、その伝統から絶えず抜け出て行く事が、真の伝統を守る事になる」の一言はより一層深く味わえるのであります。

ちょうど一休フォーラムが開催されたのは五月八日でした。

その日から新型コロナウィルス感染症は二類から五類に引き下げられたのです。

長いコロナ禍も、ひとつの区切りとなってこれからまた新しい世の中となってゆく時でもあります。

コロナ禍の影響は予想以上に大きく、我々が守っていたつもりの伝統も、そのまま伝えることが困難となってきました。

そこに人口減少、少子高齢化、過疎化の問題があり、私たちの宗門は修行僧の減少という大きな問題を抱えています。

そんな中で今私たちは何を継承すべきであって、そして真に伝えるべき伝統は何かを問う機会なのであります。

そんな時だからこそ、一休を学ぶ意味があるのではと開会の挨拶で語ったのでした。

かくして、芳澤勝弘先生の講演、ディディエ・ダヴァン先生、飯島孝良先生の研究報告、そして小川隆先生がコメンテーターとなってディスカッションが行われたのでした。

会場には、平林寺の松竹寛山老師、大乗寺の河野徹山老師もお見えくださっていました。

開会の挨拶では困惑、失望などと申し上げたのですが、充実した先生方のご講演などを拝聴して終わった後の閉会の挨拶ではやはり来てよかった、学んでよかったと申し上げたのでした。

困惑、失望のあとは感動だったのです。

 
横田南嶺

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