精一杯生きよう
円覚寺が運営している幼稚園であります。
園長も主事も円覚寺の山内の和尚様が務めてくださっています。
幼稚園は、円覚寺の中の塔頭傳宗庵の中にございます。
卒園式は、円覚寺の大方丈で行っています。
今回の卒園式は、感慨の深いものでした。
なにせ幼稚園というのは、多くの園児が三年間通うものです。
三年通って卒園なのですから、今回卒園される園児は、所謂コロナ禍の三年間を過ごして卒園されるのであります。
思えば、入園の時からたいへんだったのでした。
二〇二〇年四月に入園の予定だったのが、初めての緊急事態宣言が出されて、入園は六月にまで延びたのでした。
マスクをして、手の消毒をして、体温を測ってということが、あたりまえのようになったのでした。
マスクをした暮らしが日常になったのでした。
ただ今回の卒園式では、卒園児はマスク無しでということになったのは、うれしいことでありました。
初めてマスクを外して良いというのが、卒園式になったというのも考えさせられました。
様々な行事も十分にはできませんでした。
中止もしくは縮小して行われたものでした。
毎年幼稚園の餅つきを行っていて、私もいつも参加していたのですが、とうとうこの三年間、餅つきは行われませんでした。
運動会でも保護者と一緒に走るようにしていましたが、この三年は私自身が行事が重なったりしてしまって出られませんでした。
一緒に参加できたのは、マラソン大会だけでありました。
こちらは、青空の下ただ走るだけですので、園児達と走ることができました。
卒園児たちには、この三年間ほんとうにたいへんだったことをねぎらいました。
そして申し上げたのでした。
長い人生には、思うようにならないこともあり、こんなはずではと思うようなこともあります。
ただ私自身の経験から申し上げますと、人生よいことも悪いことも、プラスとマイナスとは、長い目でみるとだいたい半々くらいになると思います。
三年間、たいへんな思いをされたので、その分これからきっとよいことがありますと伝えたのでした。
そのあとで、卒園児達に差し上げる色紙について話をしました。
卒園する園児達には、円覚寺から管長が色紙を一枚づつ揮毫して差し上げる習慣になっています。
前管長の足立大進老師は「すなお」とひらがなで優しい言葉を書いて贈られていました。
そして足立老師はいつも卒園式で「円覚寺にはたくさんの背の高い杉の木があります。あの杉の木のように、すなおにまっすぐ伸びて育ってください」とお話しになっていました。
私はというと、
花が咲いている
精いっぱい咲いている
わたしたちも
精いっぱい生きよう
と少々長いのですが、いつも私はこの詩を書いて贈っています。
これは私の恩師松原泰道先生が、まだ中学生の頃の私に教えてくださった詩です。
思い起こせば中学生の頃です。
ある日ラジオを聴いていて、松原泰道先生の法句経の講義を聴くご縁に恵まれたのでした。
当時はまだテレビは一家に一台の貴重品でした。
テレビというのは父親が見るものであり、子供が勝手に見るものではありませんでした。
そこでラジオを聞くのが楽しみでよく聞いていたのでした。
そこで泰道先生の法句経の講義が月に一回、一年間連続でございました。
法句経というお経の講義でしたが、法句経の言葉も分かりやすいものですし、いかにも現代的なわかりやすい、明朗な口調で語りかけてくださっていました。
そこで泰道先生の講話に引き込まれるように毎月聴いていました。
その十二回の講義が終わった頃、たまたま上京する機会があり、是非ともこの先生に一度お目にかかりたいと思い、手紙を書いて出しました。
今にして思えば随分無茶なことをしたものです。
当時の泰道先生は『般若心経入門』を出版されて、それが多くの方に読まれるようになり、講演に法話に執筆にと多忙を極める毎日でした。
しかしながら、親切にも泰道先生は、全く面識のない一中学生の手紙にも親切なご返事を下さり、面会のお約束をしてくださったのでした。
そして紀州の田舎から初めて上京して、三田の龍源寺で初めて泰道先生にお目にかかりました。
そのおりに私は泰道先生に、
「仏教にはたくさんのお経や書物がありますが、仏教を一言で表わすような、もっとも一番大事な言葉を書いてください」といって色紙に揮毫をお願いしました。
今思い出しても冷や汗が出ますが、泰道先生は、嫌な顔をなさらずに、少し待ってと仰って、奥のお部屋にお入りになってこの詩を書いてくださったのでした。
そして私に言ってくださいました。
「花は誰かに見てもらおうと思って咲いているのではありません。
人が見ていようが見ていまいが、花はその与えられた場所で精いっぱい咲いています。
その花の姿から何かを学ぶことが大切です」とお教え下さいました。
この出合いがもとになって泰道先生とは、お亡くなりになるまで、ご指導いただくようになりました。
あれからもう四十数年の歳月が流れました。
卒園式が近づくと、卒園証書に園児の名前を書き、そしてこの色紙を揮毫します。
色紙を一枚一枚書きながら、自分自身にも、
花が咲いている
精いっぱい咲いている
わたしたちも
精いっぱい生きよう
と言い聞かせ、在りし日の泰道先生のことを思うのであります。
卒園する園児達にもこれからきっとよいことがありますので、決して怠けないで精一杯生きてくださいと話をしました。
花は与えられた場所で根を張り、お日様の光に向かって芽を出し、枝を伸ばし葉を茂らせて、花を咲かせます。
そのように、これから自分の与えられた場所で精一杯自分の花を咲かせてくださいとお願いしたのでした。
横田南嶺