読書のすすめ
子どもの頃から、外に出掛けるのは、図書館か本屋くらいのものでありました。
学生の頃は、神田の古書街を歩くのが楽しみでありました。
今のように、インターネットで注文することなど考えられなかった頃、欲しい本があると書店に注文して、一週間から二週間して本が届いて書店まで取りにいっていたのでした。
私が円覚寺に来た頃には、北鎌倉にも本屋があって、何度か注文して取りにいっていたものでした。
思い起こすと、私が初めて本を注文したのは、中学生の頃に、山本玄峰老師の『無門関提唱』を取り寄せた時でありました。
こんな本を中学の頃から読んでいたのですから、やはり今思うと変わり者でありました。
その頃でした、書店で朝比奈宗源老師の『覚悟はよいか』を見つけたのは。
あの本は、実に何度も何度も繰り返し読んだ本でありました。
それが四十五年もたって、復刊されたので、とても喜んでいるのであります。
その本の復刊のきっかけが、読書のすすめ店長の清水克衛さんでありました。
一度、清水さんにお礼を申し上げたいと思っていて、先日上京したついでに、読書のすすめを訪ねました。
読書のすすめというのが、本屋の名前なのであります。
外見は、ごく普通の書店に見えるのですが、中に入ると一般の書店は大いに異なります。
まずベストセラーは置かないというのです。
平積みになっているのが、朝比奈老師の『覚悟はよいか』や関大徹老師の『食えなんだら食うな』なのでした。
この『食えなんだら食うな』という本もよく読んだ書物のひとつでありました。
かつて執行草舟先生と対談した折に、執行先生の社長室の書棚にこの本があって驚いたのでした。
執行先生も読んでいるのですかと聞くと、この本が愛読書なのだと仰っていて意気投合したのでした。
もともとこの本は、一九七八年に刊行されたものでした。
私は、その出版された頃に、この本を熱心に読んでいたのでした。
まだ中学生の頃だったかと思います。愛読書のひとつでした。
その後この本はゴマ書房新社から復刊されました。
その復刊にも読書のすすめの清水さんや執行先生が関わっていたのでした。
二〇一九年に復刊されたのでした。
実に四十一年振りの復刊なのです。
「解題 ― 復刊に寄す」として、執行先生は次のように書かれています。
「この本は、私の命の「恩人」なのだ。いや、それだけではない。
私が事業を起こすときの、その創業の決意を促してくれたのも本書なのだ。」
と書かれているほどなのです。
そんな次第で、ともあれ『覚悟はよいか』復刊のお礼に読書のすすめに行ったのでした。
本屋に入って、興味深い本があるか探して、本を少し購入して帰り際に名刺でも渡して、お礼を申し上げようと思っていました。
ところが店内に一歩入ると、すぐに書店の小川貴史さんに出逢い、私だと分かってしまいました。
私も小川さんにお目にかかれてうれしくなって、すぐにご挨拶したのでした。
小川さんはとても喜んでくださって、すぐに清水店長を呼んでくださいました。
小川さんがせっかくだからYouTube動画を撮りたいというので、すぐさまそこで撮影となったのでした。
『覚悟はよいか』の復刊への思いや、ついでに私の新しい本である『パンダはどこにいる?』や『臨済録に学ぶ』の宣伝もさせてもらいました。
清水店長にいろいろ話をうかがうことができましたが、『食えなんだら食うな』の復刊には苦労されたことを改めて知ることができました。
いろんな出版社に掛け合っても、その本の目次を見ると断られてしまったそうなのです。
たしかに、この本の目次を見てみると、
食えなんだら食うな
病いなんて死ねば治る
無報酬ほど大きな儲けはない
ためにする禅なんて嘘だ
ガキは大いに叩いてやれ
社長は便所掃除をせよ
自殺するなんて威張るな
家事嫌いの女など叩き出せ
若者に未来などあるものか
犬のように食え
地震ぐらいで驚くな
死ねなんだら死ぬな
という具合で、かなり過激な言葉が並んでいます。
しかし、本書を読めば決してひどい内容ではなく、関大徹老師のあたたかい心が伝わってくるはずなのです。
書店の中には禅の書物もかなりたくさん置いてくれていました。
店長が禅について関心の高いことがよく分かります。
藤田一照さんが最近訳された、鈴木俊隆老師の『禅的修行入門』も平積みされていました。
鈴木大拙先生の書物も多く置かれていました。
円覚寺の蓮沼直應先生の大著『鈴木大拙:その思想構造』も置いてくれていたのはうれしく思いました。
昨年十二月の毎日新聞の記事には、
「書店のない市町村が全国で26・2%に上ることが出版文化産業振興財団(JPIC)の調査で8日、分かった。
全国1741市区町村のうち456市町村が書店の空白域となっている。
人口減少による経営難や活字離れ、スマートフォンの普及による娯楽の多様化が背景にあり、全国の書店数はこの10年で約3割も減少。
地方では文化発信の場が失われるとの懸念も強い。」
と書かれていました。
書物によって、朝比奈老師や、玄峰老師のことを学んだ私としては、書店を応援したいという気持ちを強くもっています。
『パンダはどこにる?』と『臨済録に学ぶ』も読書のすすめの店頭に置いてくださるとのことで、有り難く思います。
横田南嶺