望年朗読会
忘れる年の忘年ではなく、望む年の望年なのであります。
元NHKアナウンサーの村上信夫さんと鎌倉FMの月乃南さんと三人で行った朗読会なのでした。
村上信夫さんには今年一年お世話になりました。
まずは鎌倉FMというラジオにお招きいただいて、お話させてもらいました。
その時に月乃南さんにお目にかかりました。
更に村上さんが今年の四月から始められた「次世代継承塾」には第一回のゲストとしてお招きいただきました。
そのように何度もお目にかかっているうちに、二人で朗読会をしようという話になったのでした。
これが笑い話なのですが、私の方はてっきり「村上信夫朗読会」を開催して、私は端役で少し出演すればいいと思っていたのでした。
村上さんのお考えになっていたのは、横田南嶺朗読会だったのでした。
このお互いの齟齬に気がつくのはかなり後になってからのことでした。
私は寺の寺務所に十二月に村上信夫さんの朗読会を開催すると伝えていました。
いろいろやりとりを重ねるうちにお互いが思い描いている朗読会が全く異なるものだと分かったのでした。
私の朗読会などを行っても誰も来ないので、村上信夫朗読会にしようと申し上げましたものの、村上さんのご意向で私の朗読会となったのでした。
誰も来ないのではと心配しましたが、それでも二十名ほどの方がお集まりくださってどうにか開催できたのでした。
ちょうど私の初の絵本『パンダはどこにいる?』ができた時でしたので、はじめにこの絵本の朗読を披露しました。
次には、私が宮沢賢治の『虔十公園林』を朗読しました。
これは二十分ほどかかりました。
どんな話かというと、虔十という少し足りない青年が居て、みんなからいつも笑われ馬鹿にされていたのでした。
それでもいつもお父さんとお母さんのお手伝いをして働いていました。
ある日のこと突然この虔十が杉の苗を七百本買って欲しいと親に頼みます。
何をするのかというと家の後ろの野原に植えたいと言います。
まわりの者は、馬鹿にしたのですが、只虔十のお父さんは今まで何一つねだったことのない子の頼みだからと言って買ってあげました。
みんなに馬鹿にされながらも、縦横きれいに並べて植えました。
だんだん成長して、きれいな杉林となって学校の隣でもありましたので、いつしか子供達の格好の遊び場になりました。
子供達が遊んでいるのを見て虔十はいつも楽しそうに眺めていました。
そんなある日虔十は病で急死します。
その後、町に鉄道が引かれ、工場が出来、駐車場が出来、次々に家が建ってすっかり変わってゆきました。
そんなある日のことその村から出てアメリカの大学の先生になった博士が村に帰ってきます。
子供の頃とすっかり変わった村の様子に驚きます。
講堂で講演をして運動場にでて、あの杉林に来て驚きました。
此処だけは何も変わっていないのです。
あの頃と同じように子供達が杉林で遊んでいます。
どうしてかと聞くと、この杉林も売るように言われたけれども虔十のお父さんが、これは虔十のただひとつの形見だからと言って売らなかったのだということです。
そこで曽て博士の子供頃にみんなに馬鹿にされていたあの虔十の事を思い出しました。
少し足らないと思っていて、それでも彼はいつも只笑っていました。
そしてこうつぶやきます。「ああまったく誰が賢くてだれが賢くないか分からない」と。
最後には「全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さわやかな匂、夏のすずしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした。」と書かれています。
それから更に坂村真民先生の詩をいくつか話をまじえながら朗読して私の朗読は終わりました。
後半はまず月乃南さんが、絵本「ジェイクのクリスマス」を朗読してくださいました。
ジェイクがクリスマスイブの晩にプレゼントを期待しているところに、サンタの国からリトルサンタがやってきました。
なにかプレゼントをくれるのかと思ったら、逆にプレゼントをもらいに来たと言われてします。
なにも持っていないというジェイクに、あふれるほど持っていると言います。
それはほほえみ、よろこび、ゆめなどでした。
そして更に世界中にプレゼントと配りにゆこうと言われて
「ないてるこに ジェイクの わらいごえ!
いじめっこに ジェイクの やさしさ!
いじめられっこに ジェイクの ゆうきとえがお!」
「びょうきのこに ジェイクの げんき!」
というように配るのです。
そんな心温まる物語でした。
そして村上信夫さんは、菊田まりこ作『ゆきの日』を朗読されました。
「あさ、ゆきの けはいで 目がさめた」朝のこと、大人は「車も うごかない。電車も うごかない。しごとに おくれてしまう。さいあくだ! 」と思います。
しかし、子どもは「ゆきの日って、さいこー!!」とはしゃぎます。
「大人になると ということは、もう子どもではいられないということ。
けれど、失ったものなど、なにひとつない。わすれていたものが、たくさんあるだけだ。」というのであります。
同じように降る雪でもその人の心によって変わるものです。
この村上さんの朗読には圧倒されました。
気落ちした大人の声、はしゃぐ子どもの声、サンタさんの声など見事に演じておられました。
やはりプロは違うと感じ入りました。
最後には、三人で『二番目の悪者』という絵本を朗読しました。
これは実に考えさせられる話なのであります。
金のライオンは王様になりたいと願います。
しかし、金のライオンとは正反対の真面目で多くの者に慕われている銀のライオンを妬みます、
そして銀のライオンの悪い噂を繰り返し流したのでした。
多くの動物たちは優しい銀のライオンを知っていたのに、そんな根も葉もない噂を信じるようになってゆくのです。
そんな様子を見ていた空の雲が、つぶやきます。
「嘘は向こうから巧妙にやってくるが、真実は、自らさがし求めなければ見つけられない」と。
しかし、その声は誰にも響きません。
この雲の役が私でした。
とうとう金のライオンが新しい王様になりました。
案の定、金のライオンは好き勝手な事をして国は崩壊してしまいました。
また雲がつぶやきました。
「誰かにとって都合のよい嘘が
世界を変えてしまうことさえある。
だからこそ、 なんどでもたしかめよう。
あの高くそびえる山は、 本当に山なのか。
この川は、まちがった方向へ流れていないか。
皆が歩いて行く道の果てには、 何が待っているのか」
というのであります。
実に考えさせられる話なのでした。
金のライオンはたしかに悪いのですが、しかし、それだけではないのです。
根も葉もない噂を確かめもせずに信じて流した他の動物たちも悪者だというのです。
しかも悪気の無いのに悪者になってしまうのです。
私たちにとって本当の幸せは何であるのか、真剣に考えないと、とんでもない方向へと流れてゆきかねないと考えさせられました。
三人が朗読したものはそれぞれ異なりますが、本当の幸せとは何か共通したテーマがあったように思いました。
最後に三人で今年一年を振り返り、来年に向けての思いを語り合って朗読会を終えました。
始まるまではどうなるのかとハラハラしていましたが、村上さんのお見事な進行で無事に終えることができました。
横田南嶺