甘酒のぬくもり
ふだんの朝のお勤めは午前四時に始まることが多いのですが、摂心というときになると、午前三時になります。
臘八になると、三時から読経が始まりますが、午前二時から坐禅が始まります。
私もその午前二時の坐禅から参加しています。
午前二時に坐禅するというのは、さすがにこの臘八の時くらいであります。
これがまたいいものなのです。
まず午前二時というと、夜なのか朝なのか、はっきりしません。
夜まで仕事している人にとっては夜でしょうし、我々からいえば朝の三時からお勤めですから、朝に近い感覚です。
このどちらか区別のつかない混沌なところがいいのです。
区別のない、差別のない世界に静かに坐るというのが実に醍醐味なのです。
日中、朝のうちに提唱といいますが、禅の専門の語録を私が講義をしています。
その後は昼間もずっと坐禅しています。
夕方三時半に晩ご飯を頂いて、その後は四時半頃からひたすら、坐禅を続けます。
もうただ延々と坐禅堂の中で坐り続けるだけです。
途中で、何度か経行といって、体をほぐすために禅堂のまわりを歩いたりすることがあります。
そうして坐禅をする中で、毎晩甘酒が坐禅堂の中で振る舞われます。
これがまた実に有り難くて疲れ切った体にしみわたる気がいたします。
そのおかげで更に夜坐禅を続けることができます。
そうして午前二時までひたすら坐禅します。
つまり寝ないのであります。
もっとも人間ですから坐ったままうとうとしてしまいますが、横にならずに一週間修行するのであります。
そんな修行を支えているもののひとつに甘酒があります。
横になれないというのはつらいことでして、一晩や二晩ならまだしも、一週間続くとかなりこたえます。
意識朦朧としてきます。
それから寝ませんので、夜と昼の区別がつかなくなります。
そのようにしてひたすら体力と気力の限界に向かって坐禅します。
特に夕方から夜が深まると共に疲れ切っていきます。
そうした中で頂ける甘酒は、大変に有り難いのです。
坐禅堂は窓をすべて開け放って坐りますので、一杯の甘酒のぬくもりは、体にしみわたるようで、何にも代えがたいものです。
あの甘酒のお陰で朝まで坐れるといっても良いかもしれません。
実はその甘酒というのは、岩手の雫石の方から毎年ご供養いただいた糀を使って僧堂で作っています。
この方は先の戦争で銃弾を受けて片目を失明され、傷痍軍人として日本に帰って来られました。
入院中自ら死ぬことも考えたそうですが、ある時病院で両目を失明された方が手探りで階段をはい上がっている姿を見て、「生きねばならぬ」と思い改めたそうです。
その後傷痍軍人の錬成会で、ここの円覚寺の朝比奈宗源老師のお話を聞いて感銘を受けて、円覚寺の僧堂の摂心に通われることとなったのでした。
それがこの十二月の臘八の摂心であります。
我々専門家でも大変な摂心ですが、それに毎年必ず岩手の雫石から来て参加されていたのでした。
ご実家は正直堂という文房具屋さんだったようです。
この正直堂という名前も、朝比奈老師がこの人ならと見込んでおつけになったと伺っております。
この臘八の晩に、古くから円覚寺では甘酒が振る舞われる習慣があったのでした。
最近では、臘八の甘酒は古く中国の宋の時代からの習慣だと分かりました。
ところが戦後物の無いときに、もう今年は甘酒を造ることは無理かも知れないというときがあったようです。
その時にこの方が、はるばる岩手から糀を送ってくださって続けることができたのだそうです。
それ以来毎年必ず送っていただいているであります。
わたしが円覚寺の僧堂で修行した頃には、この方はもうお年を召して臘八の摂心には見えてなかったのですが、必ず先の管長さまがこの方の話をされて私たちを激励してくださいました。
先代の管長さまは、この方ほど真剣に坐禅された人はいないとよく仰せになっていました。
独参という禅問答に来る時の気迫、迫力が違ったと仰っていました。
そんな話を聞くと私なども奮起したものであります。
そんないろいろの話を聴いて、ご苦労を思いながら甘酒を頂いたものです。
又印象に残っている話があります。
この方は一週間臘八の摂心を済ませて、必ずその後山内のお世話になった和尚様方にご挨拶をして、そうして最後にご自分の帰りの電車賃だけ残して、その余りのお金で居士林(在家の一般の方が坐禅する道場)で何か無い物、不足している物を探して寄付してゆかれたというのです。
人のために施すことが好きな方だったようです。
一般の方が坐禅に見えるのに困ることがないようにと、下駄が壊れていれば新しい下駄を新調し、雨傘も新調したりして、帰りの電車賃以外は皆施しをして、夕方円覚寺を降りて上野の駅でラーメン一杯を食べて、そのまま夜行列車に乗ってぐっすり眠って帰られたそうです。
家計のやりくりの苦しい中でも毎年欠かすことがなかったそうであります。
私などもそのご苦労の様子を、毎年聞かせていただきながら、よし頑張らなければと奮起して坐禅したものでした。
毎晩振る舞われる甘酒が、そのお話と相まってなお本当にお腹にしみわたるような思いで頂いたのであります。
この方がもう二十年も前にお亡くなりになったのですが、いまだにご家族の方が送ってくださっているのであります。
そんな方のご供養のおかげで修行できるのであります。
有り難いことであります。
横田南嶺