いのちながし
「ことほぐ」と読むと、「祝いのことばを述べる」ことです。
漢字としての「寿」の字の意味は、
形容詞で「いのちながし」、「長命である。長生きしている」という意味です。
『論語』に「仁者は寿なり」という言葉があります。
仁の人は長生きするという意味です。
仁はいつくしみ、おもいやりという意味です。
いつくしみ、おもいやりのある人は長生きするという意味なのです。
また『荘子』には、「寿ければ則ち辱多し」という言葉もございます。
これは、聖天子である尭という古の王が、華という地名の土地に遊びに出かけた時のことです。
そこの国境を守るお役人が尭を見つけて話しかけました。
はじめに「聖人さまが長生きされますように。」と言いましたところ、尭は、「お断りする。」と言いました。
「聖人さまが金持ちになられますように。」と言うと、これもまた「お断りする。」と言いました。
更に「聖人さまに男皇子(おとこみこ)が沢山授かりますように。」と言いますと、これもまた「お断りする。」と言ったのでした。
「長生きと金持ちと男の子が多いのは、人々誰もが望むことなのに、それを望まないのは、どうしたわけか」と問いますと、
尭は、「男の子が多ければ心配事が益し、金持ちになれば面倒も増え、長生きすれば辱も多い。この三つは徳を養うのに役に立たぬものだ。それでお断りしたまでだ。」
と答えたという話であります。
なるほど『荘子』にある考えさせられる話であります。
なるほどとは思ってもやはり人間は、ある程度のお金は欲しいものですし、できれば長生きしたいと思うものでもあります。
諏訪中央病院に行って、桜井竜生先生と共に講演と対談を行ってきました。
今回のテーマが「癒し」についてでした。
まずはじめに「癒し」について、私が話をさせてもらいました。
「癒し」という言葉が使われるようになったのは、そんな古いことではないこと、そして「癒し」という言葉が使われるようになったきっかけでもある、上田紀行先生のスリランカの悪魔祓いの話から、今日の祭の意義、人と人とが集まり、同じ行事をすることの大切さ、そういう人とのつながりが癒しになるというようなことを話をしました。
そのあと、桜井先生が講演されたのでした。
桜井先生は、漢方医の立場から、人と人とつながりは大切な事である一面とともに、人はある時期においては、人と関わりあいたくない時もあるものだというご指摘をなさってくれました。
これもまたその通りなのであります。
たしかに人は、ホモサピエンスであり、ネアンデルタール人よりは弱い存在でありながら、今日まで発展してきたのは、みんなで共同ではたらくことができるようになったからなのであります。
しかし、何においても諸刃の剣であって、良い面もあれば、悪い面もあります。
人とのつながりがストレスになってしまうことも多いのが実情なのであります。
それから桜井先生は、人の寿命について話をされました。
諏訪で講演をしたことにちなんで、諏訪地方における江戸時代の人の平均寿命についての研究を紹介されました。
諏訪地方のお寺に伝わっている宗門改帳という、今でいう戸籍のようなものを調査した結果なのであります。
それによると、一七世紀後半から十八世紀はじめ頃にかけての平均寿命は男性が三七歳、女性は二九歳なのでした。
それが十八世紀前半から後半にかけては、男性が四十三歳、女性が四十四歳なのでそうです。
今日では女性の方が長生きなのですが、昔は必ずしもそうではなかったのです。
それはなぜかというと、女性の寿命が短かったのは、出産時のリスクが高いからだということでした。
出産は文字通りの命がけだったのです。
更に古く縄文時代の平均寿命はというと、十四歳から十五歳というのでした。
最高齢が五十五歳ということです。
弥生古墳時代も同じように十四歳から十五歳。
鎌倉時代には、由比ヶ浜の遺跡から二百六十体の遺骨を調べた結果、平均寿命は二十四歳ということでした。
五十五歳以上の遺体は五体しかなかったということです。
江戸時代の農民は男性三十六歳、女性二十六歳ということ、江戸時代全体の平均寿命は男性四十五歳、女性は四十歳というのでした。
そうなってくるとだんだんと平均寿命は長くなると思って聞いていると、なんと明治時代になると、一時平均寿命がぐっと下がるのでした。
明治十三年には三十歳くらいになってしまうのです。
明治三十三年でも男性が三十八歳、女性が三十九歳なのだそうです。
大正時代になって四十歳くらいになり、昭和二十二年で五十歳となります。
そうして現代では、男性が八十,五歳、女性がなんと八十六,八歳ということになっています。
なぜ明治になって平均寿命が一時下がったのか、私は疫病かなにかの影響かと思いましたが、桜井先生のお話によれば、西洋的な暮らしが入って来て、一気に早死にするようになったということでした。
西洋のシステムではたらくようになると、定時ではたらきます。
それまでの日本人の労働というのは、もっとゆとりがあって大らかなものだったようです。
それが何時から何時まで定時で機械のようにはたらくようになって寿命が短くなったというのでした。
桜井先生は明治維新以前の暮らしをすると人は癒されて長生きできると仰っていました。
古い中国の思想で、約束をつくると人は不健康になるということも仰っていました。
宮仕えのような生活をすると人の寿命は短くなるというのです。
もっとも、現代に生きる私たちが、今から江戸時代の暮らしをするのは無理なので、お互いやはり食事、運動、仕事、就寝、起床など自分の生活を調えることの大切さを話してくださったのでした。
またこの講演と対談は、後日諏訪中央病院のYouTubeチャンネルとで公開されるそうですので楽しみにしてください。
そんな話を拝聴して、私などでもこの年まで生きられたのは有り難いことだとしみじみ思いました。
そして思ったのが、長生きは望むものというより感謝するものだということです。
横田南嶺