地球ファーストへ
「アメリカ合衆国から自分第一(ファースト)という個人主義が輸入されて恐ろしい勢いで跋扈しはじめた。
この思想の勢いは防止することができない。ナニモ個人主義カニモ個人主義といちいち自己を中心にして割り出す。これが高じてくると危険思想にもなるのです。」
ということを述べておられます。
今から百年以上も前に、自分ファーストという言葉を用いられていることに驚きます。
この自分ファーストに対して宗演老師は、
「我が日本人の思想としては何が中心にならなければならないかといえば、それは「感恩の精神」(おかげさまと恩に感ずること)とでもいうべきものではないでしょうか。」と説かれています。
曹洞宗の青山俊董老師から、お手紙と共に、
「人類ファーストから地球ファーストへ」という冊子を送っていただきました。
いつもながら、美しい文字で丁寧に書かれたお手紙で恐縮しました。
青山老師は、いただいたお手紙によれば、ここ三年ほどの間に、脳梗塞をはじめ、大病をいくつか患ってこられたそうであります。
それでも青山老師は、「大病を沢山いただきました」と書いていらっしゃいました。
今も「雲水と共に動静一如でき、また祖録の参究もさせて頂けることをありがたく思っております」というのであります。
そして「病気から学ぶこと、気づくことが山々あり、「南無病気大菩薩」と拝んでおります」というのですから、その高い心境は仰ぎみるばかりであります。
とてもとても及ぶものではありません。
最近は曹洞宗の本山総持寺の西堂という要職にも就かれて、本山で修行僧達にも講義をなされているというのであります。
送っていただいた『人類ファーストから地球ファーストへ』という冊子には、冒頭に
比丘よ この船より
水を汲むべし
汲まば 汝の船は
軽く走らん
貪りと瞋りを断たば
汝は早く 涅槃にいたらん
という『法句径』三六九番の偈を引用されています。
ここでは、貪りと嗔りだけを取り上げていますが、漢訳では「姪と怒と痴とを除かば」と三つがあげられていると指摘されています。
そして青山老師は「煩悩の代表ともいうべき貪瞋癡の三毒を除けば、人生の船旅も軽やかに彼の涅槃の岸に着くことができるであろうとのお示めしである」と書かれています。
しかし、欲がなければ生きていけないのも現実で、欲望は生きる原動力でもあります。
青山老師も「人間の欲がイコール悪ではない。欲にもいろいろあり、食欲、睡眠欲、名誉欲、少しでも向上しようとする欲、社会のお役に立ちたいという欲等々。欲は天地総力をあげてのお働きから授かった大切な生命のエネルギーである」と示してくださっています。
しかし、問題なのは、「小さな私の「あゝしたい、こうしたい、もっと、もっと」という欲望の満足の方向にのみ暴走させること」なのであります。
そこで青山老師は「欲の中から自我の欲望の追求の分を除いたあと、つまり天地総力をあげてのお働きをいただいて毎日の生命の営みができることを自覚し、御恩返しとして天地いっぱいにお返ししようと、欲の方向転換をする」ことを説いてくださっています。
そこから青山老師は、
「遺伝子の世界的権威である村上和雄先生 (筑波大名誉教授)が「人類の欲望の『モア・アンド・モア』(もっともっと)が、人類自らの滅亡をもたらそうとしているのです。」
「『人類ファースト』からの思い上がりを返上し、『地球ファースト』へ、生態系全体のことを考えてみるチャンス」と繰り返し語っておられる」と、村上先生の言葉を示してくださっています。
そこから更に「皮のつっぱりの中だけで生きているのではない、尽十方世界真実人体、全体で生きている。生かされている。」という沢木興道老師の言葉を引用されています。
そこで青山老師は
「この私を生かしてくれている働きが、すべての動物を生かし、また植物を育てている。
つまり地上の一切のものが、一つ生命に生かされている兄弟だというのである。
この天地総力をあげてのお働きを、仏性とか真如とか空とか、いろいろの言葉で表現してきた。」と実に親切に説いてくださっています。
そんな青山老師の文章を読んで学んでいると、
毎日新聞の七月九日の朝刊に
『「絶滅」3割でリスク増 野生生物、人間の乱獲影響』という記事があって目にとまりました。
なんでも「絶滅の恐れがある種の約3割は、人間の乱獲などによってさらに絶滅リスクが高まっているとする報告書を、世界の科学者が参加する政府間組織「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)が8日、公表した」のだそうです。
そして「報告書によると、食料やエネルギー、医薬品など、人間が暮らし、経済活動のために利用している野生由来の動植物は世界で約5万種に上る。
だが、天然の水産資源の34%が乱獲され、将来にわたって利用し続けることが難しくなっている種も多い。
国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧種」か、絶滅危惧種になる懸念がある「準絶滅危惧種」とされた動植物のうち28~29%は、人間が乱獲など持続可能ではない利用をしていることで絶滅のリスクが高まっている」
ということなのです。
青山老師も冊子の中で
「欲望満足の為だけに暴走し続け、その結果、地球環境を加速度的に悪化し多くの弱小動・植物を絶滅に追い込んできた」と指摘されるのは、その通りなのだと改めて思いました。
また青山老師の冊子に「地球上から生物が消える速度は、恐竜時代は一〇〇〇年に一種、西暦一九〇〇年前半は一年に一種、一九七五年から二〇〇〇年にかけては十三分に一種のわりで絶滅しているという」と書かれています。
青山老師は、
「この度のコロナウイルス騒動は、人類のこれまでの在り方への厳しい警告と受け止め、地球的視野のもとにどうあるべきかを、真剣に考え、実行するときと受けとめていきたい」とむすばれていました。
ウイルスの問題などを考えると、知らぬ間に、自分たち人間中心のものの見方をしてしまっていることに気がつかされます。
もう少し謙虚になって、大いなるいのちに生かされていることに感謝し、自分ファーストになりすぎぬように気をつけたいものであります。
横田南嶺