生命は愛しい
「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」
すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」
とあります。
『法句経』の一二九番と一三〇番であります。
訳は岩波文庫の『ブッダの真理のことば 感興のことば』より中村元先生の訳文を引用させてもらいました。
そして更に
「生きとし生ける者は幸せをもとめている。
もしも暴力によって生きものを害するならば、その人は自分の幸せをもとめていても、死後には幸せが得られない。
生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害しないならば、その人は自分の幸せをもとめているが、死後には幸せが得られる。
荒々しいことばを言うな。言われた人々は汝に言い返すであろう。怒りを含んだことばは苦痛である。報復が汝の身に至るであろう。」
と続きます。
『法句経』一三一番一三二番一三三番であります。
また『スッタニパータ』にも、
「生きものを(みずから)殺してはならぬ。また(他人をして)殺さしめてはならぬ。また他の人々が殺害するのを容認してはならぬ。世の中の強者どもでも怯えている者どもでも、すべての生きものに対する暴力を抑えて」というのが、三九四番にあり、
更に
「強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さず、また殺させることのない人、かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。
敵意ある者どもの間にあって敵意なく、暴力を用いる者どもの間にあって心おだやかに、執著する者どもこの間にあって執著しない人、かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。」
とあります。六二九番と六三〇番であります。
そのように、仏教は慈悲を基板とする教えでありますから、殺生、生きもののいのちを奪うこと、暴力によって生きものを害することを最も嫌います。
安倍晋三元首相のご冥福をお祈りします。
ちょうど知人が近鉄の大和西大寺駅にいて、その方から「たいへんなことになっている」と第一報を受けたのでした。
まさかと思うようなことが現実に起こるのであります。
あってはならないことだというのは誰しもが思うことであります。
どのような理由があってのことなのか、いろんな事はこれから明らかになってゆくことなのでしょう。
政治家としての思想信条について、私はどうこう申し上げるつもりはありません。
一人の人間として、奥様にとってはかけがえのない夫でありましょうし、また安倍元首相には、まだお母様がご存命のはずであります。
九十歳を超えていらっしゃったと思います。
長生きをされて、まさか我が子がこのような最期を遂げるとは思いもしなかったことでありましょう。
私たちに出来ることは将来に向けて今善い原因をつくっておくこと、たねをまいておくことです。
暴力の根を断つ、善い種をまいておくように努めるしかありません。
出来ることは、小さいことでもわずかでも人を傷つけるような言葉や行動から離れるように意識して暮らすことであります。
「すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」というブッダの言葉を今一度心に刻みます。
横田南嶺