楽しんで学ぶ
椎名先生は、「呼吸アドバイザー」という肩書きであります。
「呼吸アドバイザー」というのは、どういう方かと不思議に思います。
長年体の不調に苦しまれた椎名さんは、白隠禅師の『夜船閑話』に書かれている呼吸法にめぐりあって、その呼吸法によって、健康を取り戻されたのでした。
そんな体験をもとに今全国各地で呼吸法のセミナーなどを開催されているのであります。
呼吸法を教えている先生なのです。
昨年の末に、この椎名先生からお手紙を頂戴しました。
たいへんにご丁寧なお手紙でありました。
私は、椎名先生のお名前を存じ上げていました。
渋谷のBunkamuraで白隠禅師の展覧会を行った頃に、『芸術新潮』に白隠禅師の呼吸法を実にわかりやすく書いてくださっていたのを覚えています。
白隠禅師の内観の法や、軟酥の法について丁寧に説いてくださっていて、世の中にはこういう方がいらっしゃるのだと思っていました。
その椎名先生からのお手紙で驚いたのでした。
手紙によれば、すでに円覚寺の日曜説教に何度もお越しになっておられたとのことなのです。
その椎名先生が、最近私が力を入れているYouTubeの配信を聞いてくださっていて、その配信への感謝の手紙だったのでありました。
こういう先生とご縁ができるということは有り難いと思い、早速に返事を書いて、お目にかかることができたのでした。
昨年末のことでした。
その時にお願いして、私たち修行道場で修行する者たちのために呼吸法の講習をお願いしたのでした。
坐禅を専門にしている僧侶が、そのような一般の方に学ぶというのはどういうわけかと思われるかもしれません。
私たちは確かに長い時間坐禅をしています。
しかし、本当に呼吸法の素晴らしさに目覚めているかというと、そうでもありません。
第一に私たちの修行では、呼吸法などについて丁寧に教えることをしません。
各自がそれぞれ自分なりに工夫して体得するものです。
しかし、それではわからないまま修行期間を過ぎてしまうことがあります。
また自分で体得していたとしても、私たちはそれを言葉にして人に伝えるということができません。
私自身がそうです。長年やってきていますので、自分ではこうだというものがあったとしても、人に伝えることができないのです。
説明ができません。
ただ腰を立てて、肚に気を込めて坐るのだというだけなのです。
なかなかそれだけでは、とても短期間で伝わるものではありません。
また修行道場では、無理に規則でしばり、罰則で恐怖心を与えて坐らせることは可能であります。
そういう修行を長年やってきました。
しかしどうしても無理矢理に我慢させるという修行では、その修行期間はその通りに行っているでしょうが、修行期間が終わるともう修行しようとしません。
むしろ嫌な思 いをして坐っても、坐禅が嫌いになってしまいかねません。
私も二十数年修行道場で指導の役目を務めてきました。
はじめのころは、やはり型どおり無理にでも坐らせることに力を注いできました。
しかし、それでは身につかないことを実感してきました。
無理に長い時間を坐らせるということよりも、如何に坐禅しようと思う心を起こさせるか、如何に学ぼうという思いを起こさせるかが大切だと考えました。
では、学ぼうという心をどうやったら起こさせることができるのかを考えると、できることはただ一つなのです。
自らが楽しんで学ぶということだけなのです。
老師が、あんなに楽しそうに学んでいるのを実際に見て、自分もやってみようかという気持ちになってもらうしかないのであります。
森信三先生が
「人を教えようとするよりも自ら学ばねばならぬということであります。」
「人を教える道は一転して自ら学ぶ果てしない一道となる」
「この一点に気付かずにもうただ教えていればすむと考えたらお気の毒ながらすでに教育者の資格を失っている。」
とおっしゃっている通りなのです。
そこで先生にお越しいただいて、自らが楽しんで学ぶのです。
一緒になって学ぶしかできることはないのであります。
しかし、そうして学んでいますと、こちらが一番身につくのであります。
今回の椎名先生の講習もとても楽しいものでした。
椎名先生自身が呼吸法の素晴らしさを実感されているから、その良さを伝えたいという思いがあふれているのであります。
まず講義の初めに、椎名先生は、「今あなたはどこにいますか」と私たちに問われました。
しばし考えて、ある修行僧が「座布団の上にいます」と答えました。
私などもその程度であります。
せいぜい畳の上です。
椎名先生は、大地の上、この地球上にいるのだとおっしゃいました。
そうです、私たちはこの地球にいるのです。
さらに椎名先生は、地球は自ら回転しています、どれくらいの速度で回転していますかと問われました。
私たちが答えに窮していると、椎名先生は、「時速千三百キロから千七百キロだ」と教えてくれました。
新幹線の何倍も早く回っているのです。
さらに太陽のまわりをまわっている公転はというと、なんと秒速二十八キロから三十キロらしいのです。
たいへんな速度です。そんな速さで回っていながら、私たちは平気で坐っています。
ここに坐っていること自体が奇跡なのです。
そんな状態で、息をしているということはそれだけで素晴らしいことだと話してくれました。
腹式呼吸と胸式呼吸との違いからはじめて、腹式呼吸に大切な腹横筋の使い方から、いろんな筋肉の動かし方や、体のほぐし方を教わりました。
とりわけ椎名先生が最近考え出したという竹を使った肩のほぐし方には驚きました。
私もずいぶん身体技法などを学んできましたが、これははじめてでした。
実に心地よい画期的な方法でした。
椎名先生ご自身が喜びと感動にあふれて楽しんで教えてくれましたので、私たちも楽しんで学ぶことができました。
罰則で恐れさせて無理に坐らせるよりも、楽しみながら、坐ろうと思うことの方が、身につく修行になるものです。
私自身が皆さんと楽しく学ぶことができて、一番幸せでありました。
これからも学び続けようと思う一日でありました。
学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや、であります。
横田南嶺