怒りをすぐに静めるには
いつもこのような依頼をされると、まず自分の果たすべき役割は何かと考えます。
今回あらかじめいただいていたプログラムを拝見すると、午前十時から午後五時半まで、各分野の先生方の講演や対談など、十いくつもの講座があるという、実に盛りだくさんの会であります。
しかも、医療関係の方がほとんどで、私などは、まず門外漢なのであります。
門外漢ですから、出しゃばらずに、そっと役割を果たすことがまず大切であります。
それに与えられた課題が、「禅による身体と心 調え方」ということなので、二十五分ほど、簡単に身体と呼吸を調えることを実践すればいいと判断しました。
たくさんの講座が続く中、午後三時半からが私の出番だったので、この時間は皆さんにくつろいでもらうのが一番だと思いました。
ですから、パワーポイントなどの資料は一切用意せずに、各自が自分の身体と呼吸だけを見てもらうことにしました。
私の講座の前に海原先生が、私のことを紹介してくれました。
臨済宗大本山円覚寺管長の横田南嶺老師さまにご講演をお願いいたします。
横田管長は和歌山県生まれ。小学校3年生の時同級生が白血病で亡くなりその弔辞を読み「死はいつやってくるかわからない、ぼやぼやしていられない」と思い図書館へ行き本を読み死について考え始めたそうです。
その後筑波大学に進み大学在学中に出家得度。2010年に円覚寺管長。2017年花園大学総長に就任なさいました。
これまで管長には日本肺がん学会、世界肺がん学会などの医学会で特別講演をお願いし海外の研究者にも大きな感銘を与えていただいています。
またコロナ禍にはyoutube で法話を配信するという画期的な試みをスタートさせ現在登録者数が1万人を突破しているということです。
という過分のご紹介にあずかりました。
そしてまず私ははじめに、禅の修行というのは、何かを得る、何かをつかむものではなくて、何かを無くす、手放す修行であることを申し上げました。
ですから、今までの講座は一所懸命にメモをとってしっかり学ぼうとされていたのでしょうが、この時間だけは、なにも得ようとせずにただ自分の身体と呼吸に意識を向けましょうと伝えました。
与えられた時間は二十五分、しかも最後の五分は質疑応答ということでしたので、正味は二十分しかありません。
二十分あるからといって、二十分いきなり坐禅しましょう、瞑想しましょうといっても多くの方は、緊張したままの状態ですので、いろんな考え事をしてしまって終わってしまいます。
そこでまず身体をほぐすことからはじめました。
おそらく受講されている方は、椅子に坐って机に向かっていることでしょうから、まず椅子からたちあがってつま先立ちをしてくださいと申し上げました。
つま先立ちすると、腰が立ちますし、足のつま先にまで意識が届きます。
自分の身体というのは、この足のつま先まであると感じてもらいました。
そうでないと、ずっとデスクに坐って、オンライン講座ですから、画面だけ見ていますと、頭と顔と手の指先しか自分の身体がないようになっているのです。
つま先立ちによって、ふくらはぎも刺激されて、血流もよくなります。
それから手首をほぐすことから行いました。
パソコンのキーボードを打つために手首は緊張しています。それをほぐしました。
その次には、首の体操を入念に行いました。
首の体操で、呼吸を取り入れました。
ゆっくりと吐く息と共に動かし、吸う息で戻します。
ゆっくりすること呼吸に合わせるということ、反動を使わないということを強調しました。
こうして首を入念のほぐすと、肩の力も抜けて楽になります。
それと共に呼吸に意識が届くようになります。
それから、頭の緊張をほぐすことをしました。
これは、私が最近自分で開発したもので、人さまにやってもらうのは初めての試みでした。
ずっと朝から頭脳労働してこられた方々に、頭を休めてもらおうと思ったのでした。
これが後の感想では、とても良かったと言ってくださいました。
また機会があれば、皆さまにも紹介したいと思います。
頭を休める、緊張をとる簡単な方法であります。
それから次に、お臍のした指四本分の幅下のところ、丹田に手を当ててもらって、軽く押さえてもらいました。
息を吸うときに軽く膨らみ、吐くときにへこむ感覚を手を当てて味わってもらいました。
そこから更に、息を吐くときにも、お臍の下がへこまないように、むしろ内側から張り出すような気持ちで吐くようにしてもらいました。
そうして、丹田を意識してもらうように導入しておいて、息をひといき吐き出してもらって、そのあと口を閉じると自然と息が入ってきて、丹田に満ちるようにお話しました。
そんなことなどを丁寧に行っていると十五分ほどがあっという間にすぎて、残り五分だけを静かに坐ってもらいました。
皆さんに指導していると、自分も身体がすっかりとほぐれるものであります。
私も実に心地よく坐ることができて、終了しました。
終わった後の海原先生の、すっかりリラックスされた表情が印象的でした。
朝からずっと緊張の連続だったのだろうと思いました。
質疑応答の時間になったのですが、多くの方がリラックスしてくれたのか、感謝の感想くらいで、質問がなくて、ホッとしていたところ、司会の海原先生が質問されました。
「たしかに今静かに坐って呼吸を見つめるとリラックスできましたが、日常の中ではなかなか難しい、特に何か不愉快なことがあって、腹が立ってしまうような時には、呼吸に意識を向けることも困難です。このような時にはどうしたら、気持ちを切り替えることができるのでしょうか」という質問でした。
これは難しいものです。
時計を見ると時間はあと一分少々しかありません。
とっさに答えるのは大変ですが、私は申し上げました。
この講座の始まりに海原先生が、私のことを小学生の頃から人間の死を見つめてきたと紹介してくれていましたが、私の生涯は、ずっと死を見つめることだけでやってきました。
ですから、腹が立つような時があると、まず思うのです、
あの人もやがて死ぬのだと。
そう思えば一瞬で怒りも和らぐものです。
ずっと生きていると思うから、イライラするものです。
どうせ亡くなるのだと思えば、許せるものであります。
そして、この私もやがて亡くなるものなのです。
そう思えば、怒りなどの感情に振り回されてしまうのは無駄なエネルギーを使うだけだと分かるものなのです。
横田南嶺