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臨済宗大本山 円覚寺

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2021.10.04
今日の言葉

念ずるとは心に強く思うこと

開山忌前の一日、円覚寺派ではないお寺の開山禅師七百年大遠諱という大行事に招かれました。

円覚寺派ではないお寺であるのに、お招きを受けたのには、ご縁が二つございます。

一つは、そのお寺の開山様が、円覚寺の開山無学祖元禅師のお弟子であるというご縁であります。

いろんなお寺の行事が行われますが、開山様という、そのお寺を開かれた方の七百年の法要などというのは、そう滅多にあるものではありません。

鎌倉時代からずっと今日に到るまで伝わっているお寺なのであります。

日本のお寺は、江戸時代に随分と増えたと言われていますので、江戸期に建てられたというお寺は多いのですが、鎌倉時代からというのは稀であります。

そこのお寺の御開山様は、日本の常陸の国のお生まれだそうです。

詳しい経歴は伝わっていないのですが、道を求める心を起こして、建長寺の第二世兀庵禅師について参禅されたというのであります。

兀庵禅師は、鎌倉時代に南宋から来朝された禅僧であります。

北条時頼公に招かれて建長寺の第二世になられました。

時頼公は、この兀庵禅師について修行されたのでした。

恐らく日本語は通じなかったであろうと思いますので、こういう禅僧について修行するということは、当時の日本人にとってはたいへんなご苦労があったと思います。

しかしせっかく参禅したものの、機縁がかなわず兀庵禅師は、時頼公がお亡くなりになると、さっさと中国に帰ってしまいました。

齢五十歳の時に、無学祖元禅師が時宗公の請によって円覚寺を開創されたのを知って、鎌倉に来て円覚寺において無学祖元禅師に参禅されました。

無学祖元禅師もまた日本語ができなかったので、ご苦労されたろうと察します。

香厳撃竹の公案をもらうのですが、三年の工夫をしても許されず、無学禅師が建長寺に帰って、そこで更に修行を積んで、ようやく無学禅師から許されたのでありました。

後に建長寺にも住された方であり、太古世源禅師と申します。

そんな禅師が晩年に開山されたお寺に招かれたのでありました。

御開山様のご縁を大切にされる和尚様のお人柄がすばらしいものです。

ご縁と言われてももう七百年も前のことです。

お寺の世界というのは、こういう七百年も前のご縁も、今大切にするのであります。

それからもう一つのご縁は、坂村真民先生であります。

そこのお寺のご住職というのは、たいへんに布教に熱心なお方で、坂村真民先生とのご縁があったのでした、

お寺に「念ずれば花ひらく」の石碑を建てたいと思って、まだ真民先生がご存命の頃に、愛媛県砥部町の真民先生の自宅まで行って、「念ずれば花ひらく」の詩の全文を大きな紙に書いてもらっていたのでした。

和尚様も早くに石碑を建てたかったのだと思われますが、本堂の再建や書院などの再建などに追われて、延び延びになっていたのでした。

今回、開山様の七百年遠諱を行うにあたって、ようやく念願の「念ずれば花ひらく」の石碑を本堂前の庭に建てることができたのでした。

そこで真民先生の「念ずれば花ひらく」について講演をして欲しいと頼まれたのでありました。

円覚寺派ではないお寺にうかがうのは気が引けるのでありますが、御開山様が円覚寺の開山様のお弟子であるという七百年前のご縁と、坂村真民先生とのご縁とのふたつが重なってお話をさせていただいて来たのでした。

「念ずれば花ひらく」という石碑を目の前にしてお話しました。

まず「念ずれは花ひらく」というのは、なにも決して特別神秘的な言葉ではないことを伝えました。

念ずるというのは、決して怪しげなことではありません。

心に深い思うことなのです。

心に深く思えば必ず花がひらくのです。思ったことが実現するのです。

その日の法要にしてもそうですと伝えました。

ご住職が、この大行事を行おうと心に強く思ったから開催できたのでした。

もっともそこにお寺があるということ自体が、心に強く思ったからこそであります。

更にさかのぼれば、円覚寺の御開山無学禅師が、中国から日本にお見えになって円覚寺を開創して、日本に禅を伝えようという強い思いがあればこそであります。

七百年前にお寺が出来たとしても、長い歴史の中では、廃絶になる寺も多くあります、

それが今日まで伝わっているということは、代々のご住職がた、そして地域の方々、信者さんたちがずっと心に強く思って寺を守ってきたからなのです。

本日のこの集まりこそが、念ずれば花ひらいた姿なのですと伝えました。

そうして、この「念ずれば花ひらく」という言葉は坂村真民先生のお母さまの口癖だったこと、お母さまが三十六歳の時にご主人がガンで亡くなってしまい、真民先生をはじめ五人の子を抱えて、育てられた強い思いが「念ずれば花ひらく」の言葉にこもっていることなどを話しました。

そして、このわが子を命にかけても守ろうとする心がこそ、仏様の心に通じるのだと話をしたのでした。

真民先生の「念ずれば花ひらく」の石碑は、真民先生ご自身が生前に念をこめて建てられたもので、七百を超えています。

お亡くなりになってからもまた新たに建てられています。

今回はそのように新たに建てられた石碑を前にして、「念ずれは花ひらく」世界について話をさせていただきました。

七百年前のご縁と、只今の念とが通じ合うというお寺ならではご縁でありました。

円覚寺の開山忌を前に、そのように無学禅師のお弟子が建てられたお寺にお参りできたことは有り難いことでありました。

もちろんのこと、感染対策を十分に行っていますので、会場一杯というわけではないのですが、ご縁に感謝して話をさせてもらいました。

 
横田南嶺

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