身体と口と心
得度式というのは、僧侶になる儀式のことであります。
大きな宗派ですと、毎年行っているようでありますが、円覚寺のような小さな宗派では四年に一度行うようにしています。
合同得度式というのは、円覚寺のお寺のお弟子さんたちを合同で、管長が戒師となって得度式をあげるというものです。
主に小学生のお寺のお子さんたちが集まるものであります。
中には成人になって式をあげるものもいます。
まず得度式というのは、仏弟子になる儀式であります。
お釈迦様のお弟子になるのであります。
もともと仏弟子になるには、仏法僧の三宝に帰依するだけでよかったのでした。
それが、更に戒を受けることが必要になってきました。
得度式は、授戒の式でもあるのです。
授戒には、まず懺悔をします。
懺悔といっても、小学生にはまだ罪の意識なども薄いと思うのですが、行いました。
我 昔より造るところの諸々のあやまちは
皆、はてしなき むさぼり いかり おろかさによる
身(からだ)と口とこころより生ずるところのもの
すべて我今みな懺悔したてまつる
という内容の言葉で、漢文では、
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身口意之所生 一切我今皆懺悔
となっています。
それから仏法僧の三宝に帰依するという戒を授け、それから十戒などを授けるのであります。
戒を漢字で読み上げますので、小学生に理解するのは無理なのであります。
そのへんは、完全に「儀式」となっています。
それでも法衣を着けてじっと坐って聞くだけでも、「修行」にはなることでしょう。
新たに得度した者を「沙弥」と申します。
その沙弥たちには、私から三冊の本を差し上げました。
一冊は、登龍館の『元気いっぱい 立腰の子ら』。
もう一冊は、同じく登龍館の『日本の美しい言葉と作法ー幼児から大人までー』
それから、みんなの仏教文庫の『クモの糸』の三冊であります。
この三冊で、期せずして、身体と口と心を調えることになっています。
私たちの懺悔すべき業というのは、身体と口と心とによって作られるのです。
身体と口と心を慎んでいれば問題はなくなるのです。
身体では、元来は命を殺めたり、人のものを盗ったり、淫らな行いにふけらないことがもとです。
それから更に積極的にいうと、腰骨を立てることが一番身体を調えることになります。
『元気いっぱい 立腰の子ら』には、
「起きる、立つ、歩く、―この一連の動作の肝心かなめは、「腰骨」にあると言えましょう。
「歩きはじめの幼児のあの腰つき。
お尻をぐんと後にひき、腰骨を前へつき出して、バランスをとりつつ歩きはじめています。
これが二本足で立ち、行動する人間の基本姿勢です。」
と書かれています。
二本の足で立って、歩こうという時こそ腰が立つのであります。
また本には、
腰骨を立てます。
下はらに力を入れて
腰骨をシャンと立ててごらん
かたやむねに力を入れないで
あごを引きましょう
すばらしい姿勢です
元気な体のもとです
あたまがすんできます
あなたのわがままに
勝てる姿勢です
あなた自身を
見なおせる姿勢です
きびしい世の中を
のりきる姿勢です
という言葉もあります。
まずは身体を正すのです。
それから言葉であります。
お釈迦様は、「自分を苦しめず、また他人を害しないことばのみを語れ。これこそ実に善く説かれたことばなのである。」と仰せになっています。
登龍館の『日本の美しい言葉と作法』には、
美しい言葉としてまず挨拶が説かれています。
「1挨拶は、仲良しになる第一歩。
挨拶をすれば楽しく、挨拶をされれば嬉しくなります。
2挨拶は、人より先に自分から。
挨拶ができる人は、明るい人です。
3挨拶は、目を見て、元気に、にこやかに。
表情も大切な挨拶の一つです。
朝は元気に、「お早うございます。」
この一言で、元気が出ます。
昼は明るく、「今日は。」
この一言で、楽しくなります。
夜は静かに、「今晩は。」
この一言で、優しくなります。
別れる時には、「さようなら。」
この一言で、次の出会いが待たれます。
眠る時には、「お休みなさい。」
この一言で、疲れが癒されます。
お風呂に入る時には、「お先に戴きます。」
出たら、「お先に有り難うございました。」
言葉を掛け合う事は、心を繋ぎ合う事です。
4食事の挨拶、五つの感謝
会釈をしながら、「戴きます。」
口を開いて、はっきり言います。
笑顔で、「お替わりお願いします。」
お替わりの茶碗は、両手で持ちます。
心を込めて、「ご馳走様でした。」
豊かな恵みに、頭を下げましょう。
一言にっこり、「おいしかったです。」
食事を作って下さった方を、元気付ける一言です。
「おいしいお食事、有り難うございました。」
この一言も素敵です。
5出掛ける時には、「行って参ります。
行き先と帰宅時刻を伝え、門限を守ります。
6戻った時には、「只今、帰りました。」
家の人が安心するように、大きな声で伝えます。
7訪問したら、「御免下さい。お邪魔致します。」
きちんと礼をして、はっきり言います。
8帰る時には、「お邪魔致しました。さようなら。」
感謝のお辞儀も添えましょう。
9お願いは、「済みませんが…」と言ってから。
相手の都合を伺う事が大切です。
10叱られた時には、まず、「御免なさい。」
叱られても、不快な心を持ってはいけません。
11自分が悪かった時には、素直に認めて謝ります。
「はい。これからは気を付けます。」
「はい。よく分かりました。」
素直な心を持つ子は、必ず良い人になれます。
以上のようなことを話して伝えました。
そして心の持ちようについては、『クモの糸』から学べます。
クモの糸は、自分さえよければという気持ちによって糸が切れたのでした。
何事も相手の身になって考えることです。
腰を立てて、言葉を慎んで、相手の身になって考えるというよき習慣を身につけることこそが、「戒」なのであります。
その「戒」をたもっていれば、必ず「良き人」となるのです。
そして「よいお坊さん」にもなることができるのであります。
横田南嶺