力たくわえて時を待つ
それから、めであいづき(愛逢月」ともいうのだそうです。
新聞のコラム記事で知りました。
文字から想像がつきますが、「愛し合う織り姫とひこ星の年一回の逢瀬にちなむ」のだそうです。
ちょうど雨の多い時期でもあります。
この日に雨が降ってしまえば、年に一度の逢瀬がかなわず、残念だということになるのでしょう。
武者小路実篤さんの詩集を読んでいると、
「雨が降った」という題の詩がありました。
雨が降った
それもいいだろう
本がよめる
というのです。
短い詩ですが、味わいの深いものです。
思うようにならないことが多いのもお互いの人生であります。
晴れたらいいなと思いながらも雨が降ることも避けられません。
もう一年も前に、「雨が降っても」と題して法話をしたことを思い出しました。
まだ慣れない頃の動画で、自分で見直しても恥ずかしい思いであります。
そういいながらも、あまり進歩もしていないのであります。
「めであいづき」のことを教わった同じ日の朝刊に、「季語刻々」の欄に
「経験の足りずぶんぶん窓を打つ」
という句が紹介されていました。
岸田尚美さんという方の句だそうです。
選者の坪内稔典さんが解説されています。
「ぶんぶん」はコガネムシ、カナブンのことです。
「ガラス戸や網戸に音を立ててぶつかる」様子を詠ったものです。
どこに出口があるのやら、分からずに経験も知識も足らずに、ぶんぶん窓にぶつかっているのです。
やみくもにぶつかるうちに、出口に気がつくことがあるとも思いますが、お互い人間は冷静に待つことも必要でしょう。
どこに出口があるのか、冷静に考えることも大事です。
出口が見つかるまで待つことも大切であります。
そんなことを考えていると、武者小路実篤さんの詩に「すべてのことはおもうようにはゆかない」というのを見つけました。
武者小路さんのような方でも、思うようにいかないと苦しまれた日々があったのだと改めて知りました。
大文豪に少し親しみを感じました。ご紹介しましょう。
「すべてのことは
すべてのことは思ふやうにはゆかない。
実に執念深く思ふやうにゆかない。
だが、俺は勝利の自覚をもつて、
もつと執念深く落ちついてゐてやる。
そして勝利の道を歩いてゆく、
淋しい時もある。はがゆい時もある。
ぬかよろこびする時もある。本当によろこぶ時もある。
だが道は遠くつて、足はおそい。いらいらする時もある。
だが俺は自分に克つて落ちついてゐてやる。
運命と辛抱競べをする。
その間に俺の真心がしなびたらそれつ切りだが、
俺は自分の真心をその間に鍛えてゆく。
執念深く鍛えてゆく。
運命は厚意を見せかけて、中々やつて来ない。ぢらせるだけぢらさうとする。
だが俺はぢつとしてゐてやる。来なければ来なくていいと云ふ顔してやる。
そのくせ俺は、ますます真剣になり、真心を生かし、
運命を引きつけなければおかない資格をつくらうとする。
かくて少しづつ、自分の仕事を築いてゆく。
ものになりさうで中々ならない。
だが俺は失望はしない。ますます自分を鍛えてゆく許りだ。
運命を呪い出したらもうおしまひだ。
運命は、殊に人類は俺を愛して、俺の一日も早くものになってくれるのを待ってゐてくれるのだが、
俺の方が中々ものにならないのだ、だがいつかは、自分をものにする。
ここまで来てものにしなかったらあまりに意気地なしだ。」
というのであります。
武者小路さんには、
「この道より
我を生かす道なし
この道を歩く。」
という詩もございます。
「力たくはへて落ちついて時をまつもの」
という言葉もあって、じっと力をたくわえるという時期もあったのだと思いました。
色紙に絵を描かれて、それに短い言葉を添えておられましたが、そんな言葉に、
「美しき花を咲かせて知らぬ顔 我も汝の如くありたし」
というのがございました。
人見るもよし
人見ざるもよし
我は咲くなり
という言葉もよく知られています。
詩集の中にこんな詩を見つけました。
これも長い詩なのですが、ご紹介します。
若き木と春
「春が来る、
春が来る。
必ず春が来ると
あなたは云ふ、
だが春はいつくるのだ、
だんだん寒くなる許りではないか、
この寒さが耐へられると思つてゐるのか、
あなたは嘘を云つてゐるのだ、
私は死ぬ、私は死ぬ。」
「いや春がくる、
春が来る
必ず春がくる
私はそれを知ってるる
いかにも寒い、
耐へられなく寒い、
だが私は春がくることを知ってゐる。」
「あなたは楽天家だ、
春は来ない、
春は来ない、
永遠に来ない、
ますます寒くなって
今に万物はこごえ死ぬのだ。」
「いや春が来る、
必ず来る。」
「何と云っても
私はもうだまされない
もう辛抱が出来ない。」
「もう少しの辛抱だ、
もう一寸の辛抱だ。」
「私にはもう力がない。」
「春よ、春よ、早く来て下さい
私の若き友は死にさうです
早く来て下さい。」
しかし春は来るべき時がくるまで、おちついてゐるより仕方がなかつた。」
という詩なのであります。
必ず春は来るのであります。
雨は必ずあがるのであります。
毎日新聞の七月二日の夕刊「こころの歳時記」の欄に、
「遠き虹渋滞すこし動きだす」
という柏柳明子さんの句が紹介されていました。
「いらいらしていると「遠き虹」が立った。それを見ていたら車が「すこし動きだ」した。虹を見つけた心理状態がよく伝わってくる」と選者の石寒太さんが書かれていました。
来るべきときがくるまで落ちついているより仕方ないという時もあるのだと、武者小路さんの詩を読みながら思ったのでした。
力たくわえて時を待つのであります。
武者小路実篤さんの詩集から学びました。
横田南嶺