寄り添う – 空気のように –
大下大圓師は、飛騨にある真言宗のお寺の僧侶で、スピリチュアルケアワーカー(臨床心理相談員)としてもご活躍の方でいらっしゃいます。臨床僧侶とも呼ばれています。
『日本講演新聞』の社説によれば、
「臨床僧侶とは緩和ケアをするお坊さんのことで、終末期にある患者の不安を和らげ、安らかな最期を迎えられるように寄り添う活動をする」のだそうです。
今の時代にとても大切な存在であります。
臨床宗教師ともいって、終末期にある人に宗教の立場から心理面での寄り添いを行う宗教者のことです。
東日本大震災を機に、東北大学で養成が始まったものです。
臨床仏教師というのもございます。
同じようなものですが、こちらは、人生の生老病死にまつわる現代社会の苦悩と向き合い、専門的な知識や実践経験をもとに行動する仏教者のことをいうそうです。
花園大学では、臨床仏教師の養成にも力を入れてきていました。
社説では、五十歳でがんが再発し、抗がん剤治療をしていた方の話が書かれていました。
その方は苦しい抗がん剤治療をやめ、在宅で最期を迎えることを希望したそうです。
当時まだ四十代半ばだった大圓師は、
「仏教の話をすることが彼に寄り添うことではないと思い、こう言った。
「これからどんどん身体が弱っていきます。今のうちにしておきたいことは何ですか」
その方のしたいことは、
「雪山に登り、真っ白な雪の中で奥さんが作った温かいうどんを食べること」だったそうです。
「そして3人は西穂高岳(にしほたかだけ)に登った。
そして登山途中に山荘のストーブでうどんを作り、あえて外の雪の中でみんなで食べた」のだそうです。
社説には、「大圓和尚の寄り添い方にうどんの温かさが私の心にも伝わってきた」と書かれています。
さらに師は、残された家族にも寄り添うことをなされました。
その方の死後、奥さんはあまり人と会わなくなり、無気力になりつつあったそうです。
そんな中、檀家たちと笠ヶ岳に登ることになったそうで、
大圓師は、その奥さんもその登山に誘いました。
「悲しみ続けているならいつかは笑える日が来る」と思ってるのですが、今の奥さんは、
「『悲しい』という感情を心の奥に押し殺しているように感じたのだ。」と書かれていました。
絶景の山頂に到着すると、大圓師は般若心経を唱え始めたそうです。
奥さまも隣で一緒に唱えました。
「すると抑え込まれていた彼女の感情が急に心から溢れ出し、涙が止めどなく流れた。やがてそれは号泣に変わり、彼女は山頂から絶叫した。
「会いたい! あなたに会いたい!」と何度も叫んだ」のだそうです。
その時から何かが吹っ切れ、すっきりした気持ちになったという話であります。
そんな話が社説に書かれていました。
「寄り添う」という言葉は、響きのよい言葉ですが、簡単ではありません。
つきまとっても困りものです。
自然と寄り添うことはできないかと思います。
考えていると、坂村真民先生の詩が浮かんできました。
「空気のように」という詩です。
空気のように
空気のようになる!
そうですね
空気のようになり
どんな人の胸の中にでも入り
四六時中その人を守り
その人の力となり
その人を幸せにしたいですね
吐く息吸う息の中に
大宇宙のいのちがこもり
生かされて生きるありがたさを
知らせてくれますものね
それにしても核とか
原発とかで汚されない
透明な空気にするよう
力を合わせて叫びましょう
空気のようになって、寄り添えたら理想だなと思います。
気がついたら、今年も庭にボタンの花が咲いていました。
誰が見ていなくても、季節がくれば花を咲かせます。
別に人の心を癒やしてあげようなどいう作為は、全く無く、ただ咲いているのです。
そんな花を見ると、ホッとするものであります。
これもまた無心に寄り添う姿なのかもしれません。
それにしても、毎年咲くのが早くなってきている気がしています。
横田南嶺