相田みつを美術館
今年は、コロナ禍と言われる中にあって、合計五冊の本を出版したことになります。
一冊は、監修だけ担当した『鈴木大拙一日一言』でありますが、その他に、
『仏心の中を歩む』、『今ここをどう生きるか』『命ある限り歩き続ける』『十牛図に学ぶ』であります。
円覚寺の季刊誌『円覚』に十年連載したものを集めた『仏心の中を歩む』にも、相田みつをさんの詩を引用させてもらっています。
また『十牛図に学ぶ』においては、一番最後に、相田みつをさんの「ただいるだけで」の詩を紹介して、『十牛図』で目指す理想の人間像を表しています。
相田みつをさんは、書家であり芸術の方でありますので、著作権の管理が、相田みつを美術館によってなされていて、著作に引用する場合には、掲載許可の申請を行っているのです。
美術館の年末最後の日に訪れました。
年内には行かないとと思っていながらも、今年はぎりぎり最終日になってしまったのでした。
コロナの感染者が増えていく中で、ためらいもありましたが、一年の終わりに是非と思って出掛けました。
混雑しているようなら、美術館の方にご挨拶だけしてと思っていたのでしたが、入り口の入ろうとしたところで、ばったりと相田一人館長と出会いました。
珍しいことであり、お互いに驚きました。
お互いにどちらも「かんちょう」でありますので、「ああ、かんちょう」と声に出したのでした。
すぐにご挨拶をして、館内のカフェでお話させてもらうことができました。
カフェも混んでいたら、どうしようと思ったのですが、ほぼ貸し切り状態、館内も静かなのでした。
例年ですと年末はかなり混んでいるのですが、今年はやはり特別静かなようでした。
今年の入館者の減少ぶりは、円覚寺以上の様子で、深刻な状況だと感じました。
しかし、テレビの「世界一受けたい授業」に出られるなど、メディアでの出演は増えたとのことで、従来の入館者よりも若い人が増えていると仰っていました。
ご挨拶した後に、静かな館内をゆっくりと拝観できました。
まず「不」の一字が目にとまりました。
解説の中には、
昨日までの自分を否定し
今日の自分に生きる
今日新たに生まれかわる
という一文がございました。
『般若心経』には「不~」「無~」と否定した表現が延々と続いています。
『般若心経』のみならず『大般若経』が、否定の連続であるといっていいでしょう。
否定し続けることに何の意味があるのかと思いますが、それは常に新たなものを創造していくのであります。
修行時代に、とある老師から、よく「悟っては捨て、悟っては捨て」と言われたことを思い出しました。
「悟った、ああよかった」で終わるのではありません。
悟ったと思ったら、次に瞬間にはそれを捨てるのです。
大事に抱えていると、「悟り」がまた執着になってしまったり、「悟ったぞ」という自慢になってしまったり、「あいつは悟っていない」という批判を生み出してしまいます。
常に否定しているからこそ、常に新鮮なのです。それこそ生きた「般若」であります。
そんなことから、私も
「今日を生きる意味は、昨日までの非を知ることだ」
と思っています。
「芽」というやわらかい書も目にとまりました。
不況の嵐が吹こうと、芽は春の支度をしているという意味の言葉でございました。
この言葉にも心打たれました。
今はコロナ禍という嵐が吹いているのですが、春の支度をして芽をしっかり出しておかないといけないと自分に言い聞かせました。
「物差し」という書にも考えさせられました。
平たく申しますと、この世間は、自分の物差しの通りには動いてくれないのだと書かれているのです。
自分で損得勘定しますが、その物差しの通りにはならないというのです。
これもまさしく、今の状況がそうだと思いました。
いつもの何事もない時であれば、この言葉などに足を止めずに通り過ぎたかもしれませんが、今の時期ですと、足が止まるのであります。
自分の物差しの通りにはならないことを実感させられています。
そこで愚痴を言ったり、イライラするのではなくて、世の中はそういうものだと心得て生きるしかありません。
相田みつをさんの詩でよく知られた「道」の書があって、その解説に相田一人館長が、相田みつをが、もし生きていて、この今のコロナ禍にあってどんな言葉を発するかというと、この「道」という言葉になるだろうと書かれていました。
長い人生には、どうしても通らなければならない道があるのです。
そんな時は愚痴を言わずに黙ってあることだという意味の言葉であります。
これもまた、コロナ禍にあってその通りだと思ったのでした。
帰りには「道」という書が載っている、ポストカードを何枚も買いました。
何度も足を運んでいる相田みつを美術館ですが、行くたび毎に見方が変わり、学びが深まります。
年末に空いているというのは、美術館にとっては深刻なことでありますが、拝観させてもらう側にとっては有り難いことでした。
まだまだ感染の落ち着かない状況なのです、皆さまにお勧めでき難いのですが、どうぞまた足をお運びいただければと思います。
いのちの根が深まる書や言葉に出合うことができます。
久しぶりに、お元気な相田館長に出合うことができて良かったと思いました。
良き出会いが、また来年もあって欲しいと願うのであります。
横田南嶺