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臨済宗大本山 円覚寺

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2020.05.28
今日の言葉

十薬

畑の仕事をしていて、どくだみ草が気になりました。

取ってしまおうと思って、ふと、田舎の祖父が、どくだみのお茶を作っていたことを思い出しました。

どくだみとは言わずに、「十薬」と喚んでいました。

祖父はたくさんの十薬を取ってきては、干してお茶にして煎じて飲んでいました。

子どもの頃、十薬を取るのを手伝ったことも思い出しました。

祖父の家に行くと、十薬のお茶の香りがしたことも覚えています。

一本一本丁寧に取って、よく洗って天日に干して、適当に刻んでお茶にして、煎じて飲んでいます。

なつかしい味わいであります。

どくだみは、寺にとっては雑草の代表格のように扱われ、目の敵にされることが多いのです。

先日もある和尚と話をしていて、最近寺のどくだみをようやく根こそぎ取り除いたと、ご自慢の様子でした。

そんなどくだみですが十薬というくらいですから、体にもいいのではないかと思っています。

『碧巌録』にこんな文殊菩薩の話がございます。

文殊菩薩が、ある時に善財童子に、薬でないものを取って来なさいと命じました。

そう言われて、善財童子は、薬でないものをさがすのですが、薬にならないものはないことに気がつきました。

そこで帰ってきて文殊菩薩に、薬でないものはありませんと申し上げました。

文殊菩薩は、では薬を取って来なさいと言いました。

善財童子は、そこに生えていた一枝の草を取って渡しました。

文殊菩薩は、その草を取り上げて、この薬はよく人を殺し、よく人を活かすと言われました。

という話であります。

どんな草でも薬になるということでしょう。

しかし使いようによっては、どんな草も毒にもなるということです。

薬と毒は、同じことです。トリカブトなどは猛毒でありますが、使い方によっては漢方薬にもなるのです。

この話から、薬でない草はないというのと同じように、仏でない人はいないのです。

しかし、どんな人でも、草が毒にもなれば薬にもなるように、その心次第で、仏にもなり、鬼もなるのです。

縁側で、干したどくだみを刻みながら、そんな話を思い起こしていました。長閑な日であります。

山頭火にはどくだみを詠った句があります。

しづかな道となりどくだみの芽

川端茅舎にもどくだみを詠った句がありました。

どくだみや 真昼の闇に 白十字

このところ鈴木大拙先生の本を読んでいるのですが、大拙先生の難しい内容の本を読むよりも、静かにどくだみを刻んでいる方が無心になれる気がしました。

そこで私も一句、

大拙を 忘れてどくだみ 刻みおり

 

横田南嶺

十薬

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