ニュートン
昨年の五月は、即位の祝賀もあって、大賑わいであったことを何だかなつかしく思います。
今やお寺は、ひっそりとしています。
二日付の毎日新聞朝刊のオピニオン欄に「コロナに教えられること」と題して伊藤智永氏が寄稿されていました。
ニュートンの話が紹介されていました。
「ペスト大流行で大学が閉鎖され、田舎で庭仕事をしていた英国の科学者ニュートンは、リンゴの実が木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見した」
というのです。
記事には、「最近やたらニュートンが引き合いに出されるのは、新型コロナウィルスによる自粛を有意義に過ごすお手本としてだ」と書かれていますが、私ははじめて知ったことでした。
やはり天才は違うなと思って記事を更に読むと、
「この有名なエピソードは、半分正しく半分怪しい」
と書かれています。
正しいというのは「二度にわたる一年半もの長い休暇中、万有引力、後の微分計算、プリズムの分光実験など生涯最大の業績を三つも成し遂げた」ということは事実だそうです。
しかし、万有引力の法則を発見したのは「以前から温めていた着想を練り上げたのであって、暇だから思いついたわけではない」というのでした。
それはその通りでありましょう。
普段からずっと考え続けているものが、リンゴが落ちるという何かの縁に触れて目覚めることがあるのでしょう。
なにやら、私どもが、普段から公案(禅の問答)を思い続けていて、何かの縁に触れて気がつくのと少しばかり似ているような気がしました。
もっとも、くだんのリンゴの逸話は、「フランスの啓蒙思想家、ボルテールの多分作り話」とも書かれていました。
ニュートンなどにはとても及びもつかず、静かに暮らす毎日、何の発見もありそうではありません。
花園大学での私の授業は、今期五月十二日が初めての日であったのですが、ご存じの通り、緊急事態宣言が延長となって、授業の開始は更に遅れることになりました。
いわゆる「対面授業」はできないということで、こちらで録画したものを生徒さんに配信してもらうように致しました。
禅の世界では、なんといってもお互いに面と面と向き合ってこそ成り立つものであるという考えを大事にしています。
しかし、時にはこのような非常時には柔軟な対応も必要と思って、オンラインの授業も挑戦するつもりであります。
大学の現場の方々のご苦労は今たいへんなようです。生徒さんたちもこうも長引くと大変でしょう。
新入生の方などは、入学式もなく、学校にも行かれずで、なんともお気の毒であります。
私如きが少しでもお手伝いできればと思って準備をしています。
私が担当しているのは「禅とこころ」という公開講座なのですが、公開は当然出来ないのであります。
今期は、「禅の思想に学ぶ」と題して、鈴木大拙先生の『禅の思想』という書物をもとに、お話しようと計画しています。
経験していないことを経験できることは、有り難いことだと思っています。
横田南嶺