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臨済宗大本山 円覚寺

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2020.04.21
今日の言葉

八風吹けども

「八風吹けども動ぜず」という禅語があります。

八風が吹いても揺らがないものとは何でしょうか?

釈宗演老師の『禅海一瀾講話』に、八風の説明が出ています。

八風とは「利衰毀誉称譏苦楽」の八つです。

 

「利」とは「凡そ我れに益するものをなづけて「利」と為す」というのです。

自分のとって都合のよい利益をもたらすものが「利」です。

 

次に「衰」とは「我れに減損するを名づけて「衰」と為す」のです。

自分にとって、利益をそこなうのが「衰」です。

 

「毀」とは「陰に毀られること」、かげで悪く言われることです。

 

「誉」は、「陰に讃美せらるること」で、かげでほめられることです。

 

「称」とは、「陽に讃美せられ」ること、表だってみなから褒め称えられること。

 

「譏」とは「陽に誹刺せられ」ること、みなから誹(そし)りをうけること。

 

「苦」とは「逼迫の義で、悪縁悪境に遇うて身心を逼迫する」の「苦」です。

悪い縁に遇い、逆境に遇って身も心も悩み苦しむことです。

 

「楽」とは「歓悦の義で、好縁好境に遇うて身心を適悦する」ことです。

都合のよい状況や条件を与えられて、身も心も喜ぶことです。

 

『禅海一瀾講話』の説明によれば、

迷いというのは、本来の清らかで明るい心を見失ってしまい、

この八つの風に朝から晩まで吹き飛ばされて、漂わされて、

疑いから疑いに入り、暗いところから更に暗いところに落ちてしまうのだというのです。

 

そうすると、「七情」といいますが、「喜・怒・哀・懼(く)・愛・悪・欲」という感情に自らがさいなまされるのです。

しかしながら、『法句経』の第81番に

 

「一かかえほどの盤石(いわいし)、

 風にゆらぐことなし。

 かくのごとく、

 心あるものは、

 そしりとほまれとの中に、

 心うごくことなし。」

 

とありますように、盤石は風に揺らぐことはありません。

私たちの本来の心は、盤石のようなものなのです。

ところが、風に揺らいでしまうと思って取り乱してしまうのです。

 

では、どうすればいいか。

 

まず、風が吹いていることを認めます。そしてどんな風が今吹いているのかを観察します。

これだけでも、少しは落ち着きを取り戻せるものです。

そこで、揺らぐことのない本心に目覚めるのですが、

まず「南無観世音菩薩」と心に念じてみます。

 

すると、心が落ち着き、本来の慈悲の心が目覚めます。

観音さまを念ずれば、水にも溺れず、火にも焼かれずと『観音経』に説かれていますが、

これは慈悲の心は、どんな水にも火にも風にも揺らぎもしないことを表しています。

 

あるいは、手を合わせて祈ることによって、落ち着きを取り戻し、本来の慈悲の心に目覚めることができます。

もちろんのこと、坐禅して本来の心に目覚めるのは一番よいのですが、

観音さまを念ずることも、手を合わせて祈ることも、八風に揺らぐことのない心に目覚めさせてくれるのです。

 

横田南嶺

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