長所と短所
森信三先生は、『修身教授録』の中で、長所と短所について、
「知識技能の場合には、長所の方向と短所の方向とは全然その方面が違いますが、それが精神上の問題となりますと、長所と短所とは、いわば同一物の表裏と言ってよく、その方向を一つにしているわけです。」
と考察されています。
人間の性格の長所と短所とは、実は同じものの裏表だというのです。
たとえていえば、能弁だということは、一歩間違うと、多弁饒舌になりやすい、厳格といえば美徳ですが、一歩誤ると冷酷になりやすいというのです。
勇気があるというと結構ですが、ともすれば粗暴となりかねないのです。
そこで森先生は
「人間の性格上の問題としては、自分の欠点を反省して、これを除くという努力が、実はそのまま、長所を伸ばすということになるわけです。」
と示されています。
更に
「すなわち精神界にあっては、長所と短所は別物ではなくて、同一物であるが、ただそれが反省によって浄められる否か、ただそれだけの相違にすぎないというわけです。」
と仰せになっています。
長所と短所が一つというように、大乗仏教でいえば、煩悩と菩提、迷いと悟りというのも一つだと説いています。
愛情が過剰にはたらけば、貪欲や或いは憎しみにもなります。
広く多くの人たちを愛するようにはたらけば、慈悲の心にもなるのです。
同じ仏心なのです。
朝比奈宗源老師は、円覚寺の僧堂に
「長しえに仏心開発の場となす」
という聯を書かれています。
仏心を開発しようというと抽象的でわかりにくくなりますが、
短所や欠点をなくするように努めると同じく、戒をたもって悪しき行いをしないようにさえしていれば、
それがそのまま仏心を開発することになるのです。
森先生は、慈雲尊者を尊崇されていましたが、慈雲尊者『十善法語』を著して、十善戒を重んじられました。
十善戒
第一不殺生 すべてのものを慈しみ、はぐくみ育て
第二不偸盗 人のものを奪わず、壊さず
第三不邪婬 すべての尊さを侵さず、男女の道を乱すことなく
第四不妄語 偽りを語らず、才知や徳を騙(たばか)ることなく
第五不綺語 誠無く言葉を飾り立てて、人に諂(へつら)い迷わさず
第六不悪口 人を見下し、驕(おご)りて悪口や陰口を言うことなく
第七不両舌 筋の通らぬことを言って親しき仲を乱さず
第八不慳貪 仏のみこころを忘れ、貪りの心にふけらず
第九不瞋恚 不都合なるをよく耐え忍び怒りを露わにせず
第十不邪見 すべては変化する理を知り心を正しく調えん
森先生の説かれる「自分の欠点を反省して、これを除くという努力が、実はそのまま、長所を伸ばすということ」になるというように、
戒を意識して常に反省する心をもって、戒にもとる行いのないようにしていれば、そのまま本来具わっている仏心を目覚めさせることにつながります。
そのように心がけることが、人は本来仏だ、ありのままでよいのだという教えを鵜呑みにするよりも、
より一層実践的であると思います。
横田南嶺