マインドフルネス講座
二十一日は、川野泰周師にお越しいただいて、僧堂の雲水たちにマインドフルネス講座をお願いしました。
川野さんは、建長寺派のお寺の生まれで、慶應義塾大学医学部を卒業して、精神科医として数年勤められ、その後建長寺僧堂で修行されて、
ただいまは林香寺の住職でありながら精神科医としても活躍されています。
川野さんが、僧堂で修行する以前に勤めておられた頃の精神科の治療は薬物療法が中心であったようです。
それが今日マインドフルネスを治療に取り入れることによって、うつ病の再発防止などに大きな効果があることが分かっているというのです。
マインドフルネスというと、禅の専門家からは、安易な方法であって、本格的な修行にはとても及ばないなどとも言われることがあります。
しかし川野さんは、精神科医としての実体験から、生活のどん底にあったり、生きるのがやっとというような状態にある人にとっては、
今すぐにできる方法を教えてあげなければならないと思われたのです。
マインドフルネスは、自らの身心を心理的なはたらきかけによって変えることが出来るという方法なのです。
今ではない事に頭がいっぱいになっている状態から、今ある事に集中し、今この瞬間の体験に注意を向けるのです。
川野さんは、それを気づく力と、受け入れる力の二つを兼ね備えた生き方であると説かれていました。
私たちにとっても、今自分たちが行っている修行が、どんな意味があり、心を病んでいる人にもどんな効果があるのかを理解していれば、なお一層修行に身が入るものです。
川野さんの分かりやすく明快なご講演を二時間という時間も忘れて、拝聴しました。
講演のあとも、雲水たちによる質疑応答も活発に行われました。
社会人としてはたらいていた経験のある雲水は、
実際の社会で、とても瞑想する暇もない、瞑想する時間があるくらいなら、少しでも眠りたいという人はどうすればいいのか
と質問していました。
川野さんは、
瞑想は特別の時間を取らなくても、通勤電車の中の数分間でも可能であるし、或いは食事をする時の最初の一口だけでも、ゆっくり噛んで瞑想することができる
と親切に説いてくれていました。
私が印象に残ったのは、一昨年の夏にタイの国で、
チェンライの洞窟にサッカーチームの少年十二人とコーチの合計十三人が閉じ込められたという事故についての話でした。
洞窟に閉じ込められていた状況ですから、真っ暗な中で、食事も無く、飲み水は滴り落ちる水のみなのでした。
そんな中で、心が錯乱してしまう恐れもあります。もしも心が錯乱してパニックになっていたら、どうなっていたわかりません。
九日間もの間、子供たちがみな無事だったのは、そのコーチが二十五歳の青年ですが、
八年間も出家修行した経験があって、洞窟の中で子供達に瞑想を教えて実践していたということでした。
この話は、私も存じ上げていて、法話などでよく使わせてもらっていました。
ところが、不思議な事だと思っていたのは、この事故に関して、子供たちが瞑想を行っていたという事は、日本では殆ど報道されていなかったことでした。
長らく何故か気になっていたのですが、その理由を川野さんから教えていただくことができました。
なるほどそういう訳があったのかと知る事ができました。
学ぶ事は有り難いものです。
横田南嶺