師を送りて – 3 –
祭壇にお祀りした遺影の写真は、晩年の穏やかな表情でいらっしゃいます。
師家を私に譲られて、傳宗庵にて静かにお過ごしの頃の写真です。
多くの信者さんたちには、このように温和に接しておられました。
しかしながら、私など弟子に対しては、こんなお顔をお見せになることはありませんでした。
晩年、脳梗塞を患われて療養中であっても、私などが参りますと、すぐに表情が変わったものです。厳しい「師家」のお顔になっておられました。
最後の頃には、会話も難しくなりましたが、まだ意識がはっきりとしておられた頃、
お目にかかると、あろうことか私を見てにっこりと微笑まれました。
三十年来お仕えしてきて一度たりとも見たことのない笑顔でした。
私は、自分などにこんな笑顔をみせるはずはない、きっと誰かと勘違いをされているのだろうと思いました。
この笑顔が最後となりました。
諸行事をお勤めになる折りにも、悪天候が多かった印象があります。老師の激しいご気性がそのままあらわれていると思ったものです。
出棺の際には、お棺を担いで、山門まで行列しました。
きっと、この時にも、暴風雨か吹雪か嵐になるのではと覚悟していました。
通夜の日の朝も朝から雨が降り、午前中であがるという予報がはずれて、午後になってもやみません。
やはり雨かとおもいきや、通夜の前にはすっかり雲も消えて穏やか夕暮れになりました。
出棺の行列の時にもまた、春の日を思わせる暖かく穏やかな中をお見送りさせてもらえました。
穏やかな春の日射しの中、師の位牌を抱きながら、
ひょっとしたら、最後にお見せ下さった笑顔は、誰かと勘違いしたのではなかったのではないか という思いがよぎりました。
三十年来お仕えしてきて、あまたのお小言やご叱責を頂戴しましたが、この最後の一笑でよしとせよ というお心だったのかと思いました。
横田南嶺