どこかで人はつながりあっている
十九日、日曜日の朝はいつものように毎日新聞の日曜くらぶ、新・心のサプリを読んでいました。精神科医の海原純子先生のコラム記事です。
海原先生が、仕事を依頼された業者の方と話をしていて、お互いに共通の知人がいることがわかり、話が弾んで心があたたかくなるのを感じたそうです。
更に、ジムに行かれて、いつもあまり話をしたことのないトレーナーの方と話をして、共通の知人の話で盛り上がったと書かれています。
そこから海原先生は、
「全く無関係に見えるような人でも、たまたますれ違っているような人でも、どこかで人と人とはつながりをもっているのかもしれない。
何かの接点や共通点をもっている人と出会っているのかもしれない、と思うと心のあり方がかわってくるものだ。
「関係ない人」なんてもしかするといないのかもしれない、どこかで人はつながっている、と思わせてくれるプレゼントをもらったような気がした。」
と結ばれています。
なるほど、「赤の他人は無かりけり」、みなどこかでつながっているというのは、華厳の縁起説にも通じるなと思って感心していました。
その日の午前中に大方丈で『盤珪禅師語録』を提唱し、昼から都内の講演会に出かけました。
ほんとうなら二十日から雪安居制末の大摂心ですから、前日の外出は避けたいのですが、やむえぬ事情で受けた講演でした。
もともとご縁のない会の講演だったのですが、仲介に入った方とのご縁でお引きうけしたのです。
毎回講演会場まで送ってもらっているとぼけてしまうと思い、以前に行ったことのある講演会場でもありましたので、電車を乗り継いで出かけました。
駅からは近いので、歩いたのですが、いくら歩いても目当ての建物が見えてきません。
どうも改札を出たあと、方向を間違えたのでした。
もともと乗り気のしない上に、道を間違ってしまい愕然としてしまいました。
電車は時間が確実なのですが、万が一電車自体に遅れが出てもいけませんので、早めに出て、早めに着きました。
しかし、講師の控え室がありません。
騒がしい会場の片隅で、時間まで待つしかありません。
道も間違い、早めに着くと控え室もないとで、気が滅入っていたところ、見知らぬ人が声をかけてくれました。
なんと、私のふるさとの高校の後輩だというのでした。
こちらは先方を存じ上げませんでしたが、先方は私より二年下で、私のことをご存じだったのです。
それでも少し話をすると、共通の友人がいて、しばしふるさと談義に花が咲きました。
そのあと、主催者の方が挨拶に見えて、こちらも話をすると、お互いに共通の知人がいて親しみを覚えました。
更に『致知』を毎月読んでいますという方からもご挨拶をいただいて、滅入っていた心が一気に元気を取り戻し、講演に対してやる気がみなぎってきました。
九十分、渾身の力を込めて、講演会場では涙を拭う方々があちこちで見えました。
ほんの数人ご縁のある方がいると気がついただけで、気持ちが大きく変わったのでした。
なるほど、朝の海原先生のコラム記事の通りだと感服しました。
しかしながら、海原先生がご指摘の通り、もともと人はどこかでつながりあっているのだという真理に目覚めていれば、こんなことが無くとも、常に前向きに元気に努めることができるはずなのです。
帰りの電車で反省しました。
横田南嶺