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臨済宗大本山 円覚寺

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2019.12.05
僧堂提唱

僧堂を出ざること五年

仏光国師は一二二六年、南宋の明州(現在の浙江省寧波市)で生まれ、十三歳で出家されました。

十四歳の時、中国五山の一つである径山萬壽寺に上り、仏鑑禅師のもとで修行されます。

本格的に禅の修行を始められたのは十七歳の時で、仏鑑禅師から「無」の一字を公案として与えられます。

既に十分仏教の学問や禅の典籍を修めてきた仏光国師ですから、「無」に対する答えなどすぐに見つけられると思って、一年でなんとかなると思っていたようです。

ところが、一年たっても二年たっても全く手がかりはつかめません。

結局、足かけ六年間、坐禅に打ち込み、無とは何かを求め続けられたのです。

「僧堂を出ざること五年」といいますから、道場から一歩も外に出ずに十七歳から五年間を「無」の一字に集中されたのでした。

  ある時、坐禅をしたまま意識を失ってしまいました。

まわりの者たちは皆死んでしまったと思ったようです。

とある老僧が、暖かいふとんをかけてあげて暖めてあげれば息を吹き返すだろうと教えてくれて、その通りにやってみると、ようやく意識を取り戻しました。

まわりの者に、どれくらいの時間が経っていたのかと聞くと、一昼夜が過ぎていたということでした。

こんな一事を以てしても、その真剣な猛修行ぶりが窺えます。

そして、二十二歳の時、夜明けを知らせる開板を叩く音を聞いて、悟りを開かれました。

その時の漢詩が今も伝わっています。

しかし、修行は決してこれで終わりではありません。

ここから始まるのです。

その後更に仏光国師は、何人もの禅僧に参じ心境を深めてゆかれるのであります。

それにしても、十七歳から二十二歳までの間、僧堂を出ずに「無」の一字に取り組まれたことが、仏光国師の禅の土台であることは間違いありません。

(臘八大摂心提唱より)

 横田南嶺

僧堂を出ざること五年

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