白隠さんの志
7月9日(月)制末攝心5日目
管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。
そのうちに富士山が大噴火するのではないかと世間では
話題になっています。江戸後期、臨済宗の中興の祖、白隠禅師が
23歳の時に富士山で宝永の大噴火が起こりました。白隠禅師は
原の松蔭寺にいましたから、まさに富士山のふもとであります。
その時に白隠さんは大噴火からどう身を守ったと思いますか?
大地震・大噴火が起こったとき、白隠さんは禅堂で坐禅をして
いましたが、まわりの雲水や寺の人達もみんな外に逃げ出して
しまいました。白隠さん一人禅堂内にあって動かず、周りの人が
「外に出ろ出ろ!」と言っても、坐禅をやめようとしない。
白隠さんはその時心の中でこう誓ったそうです。
「自分がもし悟りのまなこを開いて世の中の為になるような立派な
坊さんになるのなら、この程度の大噴火でいのちを落とすはずがない!
天の神々が守るはずである。
悟り開けず、たいしたことのない坊さんになるのなら、今ここで死んでも
かまわない!」
そう誓って坐禅をしたまま動かなかった。自分を試した。
そして、自分のいのちを天に任せた。
しばらくして、揺れも止んでどこにもかすり傷一つなかった
そうです。そして、翌る年24歳の時に大きな悟りを開き
あれだけの働き、活躍をされたのでした。
まねはしなくとも,その志だけは少し心にとどめて
おいてください。
<黄梅院>