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臨済宗大本山 円覚寺

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2012.06.26

理想を言えば

6月26日(火)半制大攝心・最終日
 管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。
 正しい法、真理というものは、「これが正しい法である!」
「これが真理である!」と意識するようなものが、ほんのわずか
でもあれば、それは本当の真理ではありません。
 正しい法・真理が特別にあると思ってしまいがちですが
決して外にあるのではありません。本当のところを言うと
「正しい法」という言葉もなくなったところが本当の
「正しい法」なのです。
 「禅」だ「坐禅」だとこの頃世間でわりに注目されて坐禅会に
みえる人も多いようですが、では、「禅」というものに特別何か
あるか?というと別段「これが禅である!」といものがあるわけ
ではないのです。
 最近、多くの人が円覚寺に坐禅に来ますが、それがを単純に
有り難いかどうかというと少し複雑であります。世の中では宗教の
名を借りて人をだますような、いかさまなの教えのところに行くよりは、
ただ、無心に坐禅をしたほうがいいのかもしれない。あるいは、誤った
教えに触れたために、大勢の若者がせっかくの人生を棒に振るって
しまう事件がありましたが、そうなるより、静かに坐ったほうがいいの
かもしれません。
 しかし、理想をいえば、みんなが本当の自己、本当の自分に目覚めて
毎日の暮らしを生き甲斐を持って、いきいきと働いていることであります。
 そして、特別なことをせずとも、各自それぞれが、それぞれの生活の中で
明るく楽しく生きることができる、理想を言えばそれが理想であります。
 私達はついつい「正しい法」と「仏心」とかの言葉を聞き、学んだりして
すばらしいものがよそにある思いがちですが、そのようなものさえ
殺し尽くして、各々一人一人がいきいきと活動することが本当の
「正しい法」「真理」なのであります。
blog-P6260768.jpg
<方丈> 久しぶりの青空、気持ちいいですね。
 
 

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