願い
10月20日(木)その2
管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。
五祖弘忍(ごそぐにん・・・達磨大師から5代目の祖)禅師と六祖・
慧能禅師の出会いは禪の教えの中でも大切なものであります。
慧能禅師は、その当時坊さんでもない、25,6歳の青年でした。五祖は
一体なぜ、そんな彼を第6代目にそえたのでしょうか。
一体何を悟り、何に気が付いて、六代目となったのでしょうか。
それは、「見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」心の本性を悟っている
このこと一つです。「人に南北ありといえども、仏性に南北なし。」
男・女、南・北、素早い人・鈍い人、若い人・老いた人、素直な人・意地の悪い人
いろいろあるけれど、心の本質・本性は仏心である。
その仏心と何であるか、このこと一つをはっきりと明らかにすることが
私達の修行の眼目、ねらいであります。
仏心とは本来清らかであって、大慈悲心のことであります。人をいくつしむ心、
思いやることのできる慈悲心に他ならないのであります。私達のこの心の本性が
仏心であった!大慈悲心であったとこう目覚めるのが眼目であります。
(後記)
慧能禅師の逸話に対して管長様がこんなことを言っておられました。
「これは、何の道においてもそうですが、不思議なものであって、
自分が願っていることを一生懸命していると必ずその方向に向いて
道が開けてくるものです。」