今日の言葉
悪人も仏心
盤珪禅師は、たとえ千人万人の人からうしろ指をさされるような悪人であろうとも、決してその人の仏心が失われることはないと説かれました。
どんな悪事をはたらいたとしても、
「今日従前の非をしりまして、仏心で居ますれば、今日からは活佛でござるわひの」と言って、今まで非を悔い改めて、本来の仏心に目覚めていれば、その日から生き仏であるというのです。
そこで盤珪禅師は、当時の大盗賊で「かっぱ」と呼ばれた者が、十手持ちになったという譬え話を用いられています。
盤珪禅師の修行道場では、いろんな問題を起こして、道場から追放されようとした者も、決して見放すことはなかったようです。
もとより、お釈迦様は、アングリマーラのような、今日でいえば無差別殺人を犯した者も、仏弟子になされています。
その折りのお釈迦様の言葉に、
「以前には悪い行ないをした人でも、のちに善によってつぐなうならば、その人はこの世の中を照らす。ー雲を離れた月のように。」(法句経173)とございます。
盤珪禅師は、お釈迦様以来の慈悲を実践されていたのでしょう。
今の時代では、なかなか受け入れ難いことかもしれませんが、考えさせられることです。
盤珪禅師の一途に人を信じる心、仏心を具えていると疑わない心は、学ぶべきでありましょう。
横田南嶺