今日の言葉
金沢仏教文化講演会
9月29日に 横浜市の金沢区佛教会・金沢区釈尊奉賛会が主催する
「金沢仏教文化講演会」で管長が講演をされました。以下は、その要旨です。
講演の要旨
ああ
咲くもよし
散るもよし
花は嘆かず
今を生きる
坂村真民先生の詩の一節です。
私達は、いったいどういう時に嘆くのでしょうか。
いつまでも若いと思っていたけれども
年々年をとってしまう、
いつまでも元気だと思っていても
知らぬ間に病にかかってしまう、
いつまでも生きていると思っていても
やがて死を迎える。
そのように
思惑通りにゆかない時に
こんなはずでは、と嘆いてしまいます。
この思いの通りにゆかないことを
仏教では「苦」といいます。
生老病死という
生まれることも
老いることも
病にかかることも
そして死ぬことも
みな思いのままにゆかないのです。
思惑通りにしようと
いくら力んでも無理です。
それよりは、正しい真理に目覚めましょうと
仏教では説いています。
その真理とは無常です。
うつりかわるのです、
一時も同じ状態ではないのです。
そんな無常の中でお互いどう生きるのか
どう死を迎えるのかと
真摯に向き合うのです。
お釈迦様は
一輪の花を取り上げて
その心を示されました。
これが禅の起こりとされています。
自分の花を咲かせようと
真民先生は詠われました。
タンポポのような
踏みにじられても枯れない根強さを持ち
明るい方へと向かってお互い自分の花を
咲かせたいのです。
やがて死を迎えるでしょうが
そのぎりぎりの時まで
精いっぱい生きてゆきたいのです。
真民先生は「バスのなかで」という詩を残されました。
バスのなかで
この地球は
一万年後
どうなるかわからない
いや明日
どうなるかわからない
そのような思いで
こみあうバスに乗っていると
一人の少女が
きれいな花を
自分よりも大事そうに
高々とさしあげて
乗り込んできた
その時
わたしは思った
ああこれでよいのだ
たとい明日
地球がどうなろうと
このような愛こそ
人の世の美しさなのだ
たとえ核戦争で
この地球が破壊されようと
そのぎりぎりの時まで
こうした愛を
失わずにゆこうと
涙ぐましいまで
清められるものを感じた
いい匂いを放つ
まっ白い花であった
一人の少女が
たとえ自分の身が混み合うバスの中で
押し合い圧し合いされようと
このはかない命を守りたいとさし上げた
一輪の花と
お釈迦様がさし上げられた
一輪の花と
私には一つであると思えます。
明日どうなるか分からないからこそ
今このひとときを精いっぱい生きるのです。
はかない命なればこそ
身近な人同士、
人ばかりではなく鳥や獣、
草や木にいたるまで
思いやりの心を持って接してゆきたいと思います。
花は嘆かず
今を生きるのです
横田南嶺