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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.06.12
今日の言葉

私が私でよかった

夏期講座の二日目には、浄土真宗大谷派の僧侶である川村妙慶先生にお越しいただいて、講演してもらいました。

演題は「私が私で良かったと思える生き方」であります。

川村先生との出会いは、まだ昨年のことであります。

私が昨年京都のNHK文化センターにお招きいただいて講演をさせてもらった時でした。

その私の講座と同じ時間にすぐお隣で、川村先生の講座が開かれていたのでした。

川村先生のことは、かつてNHKの「こころの時代」というテレビで拝見していました。

そのお話を拝聴してとても感銘を受けました。

私と同じ歳なのですが、同じ年齢でもこのようにご立派な方がいらっしゃるのだと尊敬していたのでした。

そしていつの日か、どこかでご縁があればいいと思っていました。

それが思いがけなくも実現したのでした。

すぐにNHK文化センターの方にお願いして、川村先生にご挨拶させていただきたいとお願いしました。

それが出会いでありました。

お目にかかって是非とも一度円覚寺で講演してもらいたいと思ったのでした。

その後、夏期講座の講師の選定で川村先生をお願いするようにしたのでした。

そうして実現した講演でありました。

終わった後の思いは、やはりお願いしてよかったとしみじみ思いました。

まずなんといっても私自身が深い学びを得ました。

浄土真宗大谷派というと、かつて鈴木大拙先生が大谷大学にいらっしゃったことが思い浮かびます。

私が中学から高校生の頃に書物で学んだ金子大栄先生や曽我量深先生も大谷派でいらっしゃいます。

かつては清沢満之、暁烏敏先生などもいらっしゃいました。

私は特に金子大栄先生の著書には大きな影響を受けてきました。

座右の書でもありました。

また信国淳先生の本もよく読んでいました。

信国先生は、大谷派の専修学院の創立者であります。

川村先生は、その専修学院で学ばれた方でもいらっしゃいます。

講演の中で川村先生は、「慢」について分かりやすく話してくださいました。

慢心の「慢」であります。

禅の修行は、間違うとこの慢心になることがあります。

慢とは、自分を他人と比較して、自分を上げたり下げたりする心の働きのことです。

人間は誰しも他人と比べて生きています。

「あの人より自分は優れている」「自分はあの人ほどできない」と絶えず比較しながら、自分の価値を測ろうとします。

仏教では、この比較の心を「慢」と呼ぶのです。

川村先生は「慢の心は、まず「認められたい」という願いから始まる」と仰せになっていました。

人は努力をすると、その努力を分かってほしいと思います。

そして、自分の功績や経歴を語り、人から評価されると、慢の心は大きくなります。

これが「自慢」です。

しかし、自慢がさらに進むと、自分より劣っていると思う人を見下し、「あの人は何もできていない」「自分の方が優れている」と考えるようになります。

こうなると「傲慢」です。

この「慢」の心が自分にあると観察することが大事なのです。

観察は仏教では「かんざつ」と読みます。

川村先生は、「観察とは、自分を責めたり評価したりすることではありません。怒りや嫉妬、慢の心が起こった時にも、「ああ、今そんな心が起こっているな」と気づくことです。その気づきによって、感情に振り回されず、より広い視野で生きることができるようになるのです」と説いてくださっていました。

後半はご自身の今日までの歩みを話してくださいました。

拝聴しながら涙が出て参りました。

川村先生は北九州市門司の浄土真宗寺院の娘として生まれました。

しかしお若い頃は仏教に関心がなかったようです。

アナウンサーになることが夢だったそうです。

しかし高校二年生の時、住職であった父が突然亡くなります。

寺の後継ぎと期待された兄は、その重圧から心を病んでしまい、部屋にこもってしまいました。

ご門徒も次々と寺を離れてしまいました。

母から寺を継ぐために京都で学ぶよう求められましたが、ご自分の夢を諦めきれなかったと仰っていました。

それでも京都の池坊短期大学で華道を学ばれました。

華道の教師から「花を咲かせるのは、根や土や光など多くの支えがある」と教えられ、自分が目先の成功ばかり追い求めていたことに気づかされます。

さらに大谷派の専修学院で学ばれます。

ここで浄土真宗のすぐれた方々に出会って、学びを深められます。

今までも物の見方が転換してゆかれたようであります。

担任の先生にいつものようにニコニコして「川村ですよろしくお願いします」と挨拶すると、なんと「そんなにニコニコ笑わないといけないほど過去が暗いのか」と言われてしまいます。

手厳しいご指摘です。

更にこの学校に何しに来たのかと問われます。

僧になる道を選んだ経緯を川村先生は話されました。

住職である父が亡くなったこと、後を継ぐべき兄が心を病んでしまったことなどを述べて、自分は最悪だと伝えました。

すると先生は「最悪だと決めつけているあなたが最悪だ」と仰ったのでした。

そうして学ぶうちに、「最悪だと思っている出来事も、自分を仏法へ導く大切な縁かもしれない」と思うようになったのです。

父の死や兄の引きこもりを不幸と決めつけていた自分の見方が揺さぶられたのでした。

卒業後もアナウンサーへの夢を捨てきれず、芸能事務所に所属されたりしました。

やがて寺に戻り、長く引きこもっていた兄と向き合います。

お兄さんは部屋に閉じこもりながらも、「その後のうさぎと亀」という小説を書き続けていたことを知ります。

そこには、勝ち負けではなく、自分らしく生きることの大切さが描かれていました。

川村先生は兄の思いを世に伝えようと、人形劇を始めました。

テレビ取材を通じて、離れていたご門徒も戻ってくるようになりました。

お兄さんも専修学院に行って学ぶようになったのでした。

その後、松竹芸能時代のタレントさんからインターネットで法話を発信することを薦められて、もう二十年以上毎日配信続けていらっしゃるのです。

多くの方の相談も毎日メールで受けておられるのです。

最後に「これからがこれまでを決める」という言葉を教えてくださいました。

「過去を悔やむのではなく、これからをどう生きるかによって私は私でよかったのだと気づくことができ、過去も、いろんな人との出会いも、あの時これを選択したことも、私になるための一つのきっかけだったのだと受けとめることができるのです」と仰ってくださいました。

感動の九十分のご法話でありました。

私は拝聴しながらいかに我が心に慢心があったのかを学ばせてもらいました。

 
横田南嶺

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