古いやつだとお思いでしょうが
これで第九十回となります。
終戦の年と、コロナ禍で一年お休みしたこと以外は、ずっと九十回続けているのであります。
私は、今回佛光国師に学ぶと題して三回にわたって佛光国師無学祖元禅師の話をしました。
初日はお生まれになってから径山万寿寺で仏鑑禅師のもとで、無字の公案に参じて悟りを開いたというところまで、二日目に更に仏鑑禅師と問答してそのあと諸方を行脚して、日本にお見えになるまで、最終日に日本にお見えになってからお亡くなりになるまでと分けて話をしたのでした。
初日のもう一人の講師は駒澤大学の小川隆先生であります。
小川隆先生には、このところ毎年講師を務めてもらっています。
今回の小川先生の演題は、 「古いやつだとお思いでしょうが…… ある宋代禅僧の故事」 というのです。
麟祥院の勉強会でも教わった暁舜禅師の話が中心となっています。
はじめに、とてもよいお話をしてくださいました。
小川先生には前の晩に大船駅の近くのホテルに御宿泊していただきました。
ホテルにお入りになったのは夜遅くだったようです。
次のように仰っていました。
「昨夜遅くに到着し、疲れておりましたので周囲を眺めることもなく休みましたが、今朝目を覚ますと、見事な青空でした。
部屋は横須賀線の線路に面しておりました。
朝になって窓を開けた瞬間、思わず息をのみました。
窓の外には、大船観音様のお姿が見えたのです。
まるで観音様と目が合ったような気がして、しばらく見入ってしまいました。
私は今朝初めて観音様の存在に気づいたのですが、観音様は私が眠っている間も、真夜中の暗闇の中も、ずっとこちらを見守ってくださっていたのだと思うと、何とも言えない気持ちになりました。
「見守られている」ということのありがたさをしみじみ感じたのであります。」と語ってくださっていました。
そして私の講座の後にみんなで延命十句観音和讃をお唱えしているのですが、その最後の「一念一念観音の慈悲の心を離れざり」という句がぴったりだと思ったというのでした。
とてもよいお話であります。
そのあと小川先生は「実は良い話はここまでなのでございます。
あとは少々ぼやき話になるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。」と仰せになって話を進められました。
演題の「古いやつらとお思いでしょうが」というのは、鶴田浩二さんの歌のはじめにある台詞の一節です。
「古いやつらとお思いでしょうが、古いやつほど、新しいものを欲しがるものでございます」という言葉から始まるものでした。
これは昭和四十五年(一九七〇年)の暮れに発売された歌だそうです。
この台詞は更に、「今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」と続くのです。
一九七〇年といえば大阪万博の年であり、「人類の進歩と調和」が掲げられ、高度経済成長の真っただ中という印象があります。
今から振り返れば、昭和の輝かしい時代として懐かしまれることも多いものです。
しかし、その当時の人々もまた、「先行きは真っ暗だ」と感じていたのだというのです。
そして「私たちもまた、急激に変化する時代の中に生きています。温暖化の問題、国際情勢の不安定化、民主主義の揺らぎなど、確かに客観的に見ても心配なことは少なくありません。
しかし一方で、どの時代の人もまた「昔は良かった」と言い続けてきたのではないでしょうか。」
と語ってくださっていました。
魯迅の小説にでる老婦人の話をなされました。
このご婦人は「わしの若かった頃は、こんなに暑くなかった。豆ももっと柔らかかった。」と不平ばかりを口にしていたのでした。
今の時代の気候はたしかに年年暑くなっているのですが、この頃実際には、暑さも豆の硬さも昔とそれほど変わらないのです。
変わったのは自分自身なのです。
しかし人は、自分の衰えを認めるよりも、世の中が悪くなったと考えた方が楽なのであります。
「私たちは時代の変化と自分自身の変化を、しばしば混同してしまいます」と小川先生は指摘されました。
「そしてもう一つ興味深いのは、自分が長年続けてきたことを否定したくないという心です。」と仰せになっていました。
そこで私が昨年末に出した甲野陽紀さんとの対談本『坐禅せずに坐禅してみよと問われたら』の中の言葉を引用されました。
「困ったことに10年無駄なことをやった人はこれに意味があると思い込むんですよ。さらに厄介なことに、それを他の人にも強要し始めるんですね。これが人間の弱さだと思うんですね。自分が無駄なことをやってきたことを否定したくない、それは意味があったと思いたいんですよ」
という言葉です。
自分の言葉ながら、こうして引用されると恥ずかしくなるものです。
しかし、実際に語った言葉ですから仕方ありません。
小川先生は誰しも、自分がやってきたことを否定したくないし、若い人にも同じことをさせたくなるのだと仰っていました。
しかし「古いものを大切にすることは尊いことです。しかし、それが単なる自己肯定や過去への執着になっていないか、自らに問い続けることもまた大切なのではないでしょうか。」とも語ってくださり、そこから禅の話へとつなげてくださいました。
小川先生の著書『中国禅宗史―「禅の語録」導読』(ちくま学芸文庫、2020年)から「宋代の禅は、ひとことでいえば、禅の制度化の時代である。ここで制度化というのは、禅宗が社会制度のうちに組み込まれたという意味と、それに応じて禅宗内部の組織形態や修行方式が制度的に整備・規格化されたという意味の、いわば内外二面の意を含んでのことである。……(頁269)」という言葉を引用されて、宋代の禅僧たちの現実の世の中での対応の仕方をそれぞれの禅僧の例をあげて話してくださいました。
頑固一徹な禅僧たちの話であります。
慈航朴禅師というお方は、とても質素で実直な方で、お寺の住持となっても常に皆と一緒に食事をして、病気のときでも自分だけ別の物を食べるということはしなかったのでした。
そのお弟子が、才覚があって、お寺の会計を司りながら、今までの倍以上の利潤を生み出すことができました。
宋代のお寺では、そのように金銭もたくわえて寺院の運営をしていたのでした。
その利益をいっさい私することなく、お寺の会計に入れることを禅師に報告したのでした。
すると朴禅師は、お金が儲かるということは、不正なことをしたに違いない、お寺の会計は清浄なものだから、そのような不正なお金を入れるわけにはいかないと言って、その僧を許さず、追放したという話であります。
よく話を聞いて認めてあげればいいと思うのですが、お金のことや儲けを生み出すことなどは不浄だという清廉な考えですが、少々頑固にすぎる気がします。
最後には暁舜禅師の話をなされました。
この話は以前管長日記にも書いたことがあります。
終わりに「前輩には聡明の資有れど安危の慮無し」という言葉を示されました。
先賢のすぐれた方はとても聡明な才能や素質はあるけれども、その時代やその社会の状況に応じて安全や危険を深く考える思慮がないというのです。
昔からの教えも大事にしたいものですし、清廉な生き方も尊いものですが、やはりその時その場に応じて自在にはたらく智慧も大事なことであります。
そうかといって、頑固なまでに自分の生き方を貫かれた禅僧たちの志も決して忘れてはならないと思ったのでした。
今の若者たちと接し「古いやつだとお思いでしょうが」といいながらも、実直に学究の道を歩まれる小川先生の姿を尊く感じたのでありました。
横田南嶺