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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.06.13
今日の言葉

幸せへの道

六月七日の日曜日で夏期講座は終わりました。

ちょうど台風が通り過ぎたあとから始まりましたので、暑くなるかと思いましたが、とても涼しく過ごしやすい気候の中で三日間を終えることができました。

多くの方にご参加いただいて有り難いことであります。

最終日の三日目は、肌寒く感じるくらいだと言われる方がいらっしゃいましたが、私は話をしていて汗をかいていました。

自分としてはそれくらい気合いを入れて話をしたつもりでした。

円覚寺開山仏光国師の話を三日間にわたってしたのでした。

最終日は佛光国師が日本にお見えになって、建長寺にお入りになり、弘安の役という元寇があり、円覚寺を開創し、そして時宗公が亡くなり、佛光国師もお亡くなりになるというところを話しました。

自分なりに気合いを入れて話したつもりですが、このようにあまり意気込んで話をするのは、実はよくないのです。

聞いている方が、どれくらい聞いてくれるか、わからないものです。

こちらが頑張って勉強して気合いを入れて話をした時などは、聴衆の反応はよくないものです。

こちらが意気込みすぎるとよくありません。

そう分かっていながら、意気込んでしまったのでした。

淡々と話をする方が却って心に染み入るものです。

そんな違いを如実に感じさせてもらったのが、最終日のわたくしの後の石井光先生の講演でありました。

どこにも力を入れず力まずに、優しいお声で染み入るようにお話くださいました。

「幸せへの道―坐禅から内観へー」という演題でありました。

この題の通りに、石井先生ご自身がお若い頃に坐禅に打ち込まれて、そこから内観へと入って行かれた経緯を話してくださいました。

石井先生の学生時代は、坐禅に明け暮れたといってもよいほどだと感じます。

修行道場の大摂心という修行を五十回も、居士林の学生坐禅会もまた五十回、土日の坐禅会は百五十回、毎朝の暁天坐禅は五百回と著書に書かれていますので、想像を絶するほどであります。

修行道場に三年や五年いたところで、これだけの大摂心を経験することはできないのです。

しかし、石井先生は、大学院生の時に内観を知ることになります。

少年院で内観している姿を見て興味をもって、ご自身が内観をされて、大きく変化されたのでした。

二十六歳の時に、吉本伊信先生から内観を受けられたのでした。

内観は、もともと浄土真宗に伝わっていた「身調べ」という修養法をもとに,吉本伊信先生が(1916-1988)一九六〇年代後半に考案した日本独自の心理療法と言われています。

自分が過去に身近な人に「していただいたこと,して返したこと,迷惑をかけたこと」の三つを具体的に想い起こして面接者に報告していくのです。

「自分の感情中心にものを見ないで、もっと広い視野から事実を見ていくのが内観です」と著書に書かれています。

私達の人生を船に乗って大河を下り、海に至る船旅に例えて話をしてくださっていました。

私たちの記憶というのは、あそこの景色が見えたとか、あのお弁当美味しかったということが残ります。

そうでなくて、船に乗って下っている自分を右の下、左の下、上からドローンでビデオを撮ってもらって、それを一旦船で止めて落ち着いてその三本のビデオを見るのです。

そうすると、ああ、みんな働いているのに自分だけサボっているとか、お弁当箱の川に捨てたなどが分かるというのです。

そうやって自分を見つめるのです。

要は自分を中心にした景色しか私たちは見ていないのです。

もっと冷静に事実を見つめていくのです。

そのようにいったん船を止めてじっくり自分を見つめてから再スタートを切れば、続きの船旅は違ったものになり、新たな人生の始まりとなるとお話くださっていました。

石井先生は、遠く海外でも内観を実習しておられます。

そんな海外での取り組みについてもお話くださいました。

世界の多くの方が内観を行っていることを学びました。

最後の五分で石井先生は皆に呼びかけておられました。

まず眼を閉じて、「ご自分の命があと五分で終わるとしたらと想像してみてください。」というのです。

そして静かに次のように語ってくださり、短い時間ですが内観へと導いてくださいました。

今、ベッドや椅子に坐り、人生の最後の時を迎えているとします。

まずお母様を心の中にお呼びください。

ご存命なら目の前に、亡くなられているなら魂と語り合うつもりで、生まれてから今日まで受けてきた数々の恩を思い起こします。

そして感謝の言葉を伝えてください。

もし謝りたいことや、もっとしてあげたかったことがあれば、それも伝えます。

次にお父様をお呼びください。

受けた恩に感謝し、心の中に不満や怒り、わだかまりがあれば、それを手放し、許し合う機会とします。

自分から許しを請いたいことがあれば、素直に伝えてください。

さらに家族や友人、お世話になった方々を一人ずつ心の中に招き、感謝やお詫び、別れの言葉を伝えます。

もし人生にもう少し時間が与えられるなら、誰に何をしてあげたいのか、どのように生きたいのかを静かに見つめてみます。

やがて残された時間も尽きます。

最後にすべての人に別れを告げます。

この五分間の想像は、自分にとって本当に大切なものは何か、今何をなすべきかを教えてくれる大切な問いかけなのです。

と話をしてくださいました。

わずか五分ですが、深い深い内観の時間となりました。

そうしてご講演が終わりました。

心に染み入る内観のお話でありました。

「幸せというものは、周囲の状況が変わることで得られるものではありません。

本人が「幸せだ」と感じれば、その時すでに幸せなのであります。

よく考えてみますと、幸せとは新たに何かを手に入れることではなく、今すでに与えられている幸せに気づくことだと言えるでしょう。

同じ部屋にいても、不満ばかり見ていれば幸せにはなれません。

しかし、いつもの部屋で過ごせることそのものを有り難いと感じることができれば、それは幸せな時間となります。

私たちは、自分自身の過去も、相手の過去も、そのすべてを認め、受け入れることによって、人生を一歩先へ進めることができます。

そして、「してもらったこと」「与えられたこと」に目を向け、それを一つひとつ心の中に積み重ねていくならば、人生はより豊かで幸せなものになっていくのであります。」

と説いてくださった言葉も胸に刻みました。

坐禅から内観へとご自身の体験を通して幸せへの道を示してくださいました。

 
横田南嶺

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