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臨済宗大本山 円覚寺

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2021.01.12
今日の言葉

苦境の中で

毎日新聞の日曜くらぶに連載されている、海原純子先生の「新・心のサプリ」を、毎週楽しみに拝読しています。

海原先生には、昨年の暮れに、お手紙と新しいジャズのCDを送っていただきました。

このコラム記事を私はずっと愛読していて、一度円覚寺でお話いただきたいと思って夏期講座にお越しいただきました。

それ以来のご縁が続いています。

十日日曜日のコラムは心に響きました。一部をご紹介します。

海原さんは、陸前高田のリンゴ園で、リンゴの木のオーナーになっているのだそうです。

例年なら、陸前高田に行って収穫するのだそうですが、今年はコロナ禍で行けず、りんご園の方が収穫して送ってくれたそうです。

リンゴの箱が届いて、開封するとリンゴの香りが部屋一杯に広がったということから文章が始まっています。

リンゴの箱の中には、陸前高田の最近の広報資料が入っていたそうです。

そこで、道が整備され、町が復興されていることがわかったというのです。

そんな資料を目にして、震災から今年は十年経つのだと改めて思ったといいます。

そうです、震災から十年なのです。

この頃は、コロナの方にばかり心がとられてしまいますが、震災から十年であることを忘れがちです。

海原さんは、被災地にも何度も通われていたそうです。

そんな中で、いろんな人たちとつながりができたと言います。

いろんな方の名前が挙げられている中で、

「気仙沼では、地福寺というお寺を中心に地元の一体感を強めながら支援を続ける片山秀光住職に協力していただいた」

と書かれていました。

地福寺の片山秀光和尚の名前を見て、懐かしく和尚のお顔を思い浮かべました。

しみじみとあれから十年かと思いを馳せました。

地福寺さんは、和尚が長年苦労されて、本堂や庫裏など諸堂を再建されところでした。

せっかく新しく立て直した諸堂伽藍が、津波ですべて流されたのでした。

本堂諸堂の再建というのは、住職として一代かけて行う大仕事です。

その大仕事を完遂し終わって、まだ何年も経たないのに、あの東日本大震災が襲い、津波ですべてが流されたのでした。

私も、津波ですべて流された跡に参りました。

海原先生は、

「そしてとても不思議な気持ちになるのは、あの寒い冬の日々を一緒に過ごした時間はそれほど長くはないはずなのに心の中にずっしりと根をおろしているということなのだ」

と書かれています。

そして、

「あの時に生まれたつながりは、その後もずっと続いている。

しじゅう会うわけではないのに、いつもどこかで、どうしているかな、と思いながら時々会ったり話したりする機会があるととてもうれしく家族のような気がする。

多分、苦境の中で、みなが同じ思いで、同じ目的をもって働き、生き、何かをしようということで、時を過ごしたからだと思う」

というのです。

私も実にその通りだとしみじみ思いました。

地福寺の和尚さんとは、震災の後、うちの修行僧が、ボランティアで訪れ、その時に私の写経した延命十句観音経を届けてもらったのがご縁の始まりでした。

和尚は、その後私に直接お電話をくださいました。

是非ともお参りに行きますとお約束して、しばらくしてお参りさせてもらったのでした。

それ以来、何度か地福寺を訪れました。

和尚には、震災から一年三ヶ月しか経っていない時に、円覚寺にお越しいただいて、住職研修会の講師としてお話いただきました。

平成二十四年六月のことでした。

あの時に和尚が言われた言葉は今も忘れられません。

和尚はわたくしたちに言って下さいました。

「人間、極限には祈りしかない。理屈はいらない。

力の限りお経を読むばかりだった。

葬式無用、お墓もいらないなどいうのは、何事もない時の机上の空論である。

お寺や和尚が地域のよりどころであり、お墓やお位牌が家庭のよりどころである。

手を合わせ祈る中で安心を生み出すのだ」と。

平成二十六年には、禅文化研究所から和尚に禅文化賞を授与させてもらいました。
研究所は私も理事を務めています。

受章の祝賀の時に、和尚が言われた言葉も忘れられません。

「震災で私達は多くの物を失った。かけがえのない家族や仲間、多くの財産を失った。

しかし、それ以上のたくさんの人々のまごころをいただいた」と。

深く深く心に響いた言葉でした。

三年ほど前に、東北に赴いた折に、地福寺を訪ねました。

あいにく和尚は留守でしたが、あとで電話で話をさせていただきました。

お寺はすっかりきれいに復興されて、新しい若い和尚が留守番をされていました。

良き後継者を得て、住職を引退されました。

一代かけて建てた本堂諸堂をすべて流され、また復興されたのでした。

多くの檀信徒さんたちがお亡くなりになったのでした。

それでも、和尚は、

めげない
にげない
くじけない

を合い言葉にして、頑張ったのでした。

今はコロナ禍と言われています。

私などもいろんな行事が無くなってしまい、たいへんだとも思いますが、全てを流されたことに比べれば、申し訳ない思いです。

家もあり、水も電気もあり、周りの人が亡くなったわけでなし。

めげない
にげない
くじけない

苦境の中を生き抜かれた和尚の言葉を、海原先生の記事を読みながら、新たに思い起こしました。

 
横田南嶺

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