2018年10月30日

11月3、4日どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会


 さて、今週末(11月3、4日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

11月3日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

11月4日(日)の日曜坐禅会は、会場である大方丈が宝物風入で使用の為

休会となります。

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2018年10月30日

長福寺の本堂の様子


齋会の行われた長福寺の本堂の中です。

祭壇に設けられた頂相は、東慶寺にある頂相を複製して作られました。

お位牌も、ご生家の皆さまで作られたものです。

百年諱の偈は

元これ、高浜の獅子児

終になる、三界の大宗師

碑を建て、徳を讃う、生誕の地

今まさに、深恩報謝の時

意訳しますと

もとは、この高浜の腕白小僧だったのが

とうとう、日本のみならず世界の人々を導く

立派な指導者となられた。

この生誕地では、顕彰の碑を建てて徳を讃えてくれていて

いまはまさに、宗演老師のご恩に報いる時である。

というほどの意味であります。

こうして、二十九日の夜に鎌倉に無事帰りました。

いよいよ十一月一日、円覚寺仏殿において

釈宗演老師百年諱の大法要が行われます。

2018年10月30日

釈宗演老師百年諱 無事円成


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に昨日まで出向されていた

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

「十月二十九日

高浜の長福寺において釈宗演老師百年諱の法要が無事に行われました。

長福寺は、釈宗演老師の御生家のすぐ近くで幼少の頃、この長福寺の印宗和尚について

漢籍を学ばれました。

本来であれば、お寺で和尚様の法要を行うのはそのお寺の世代の和尚に限るのですが、

今回は、地元も相国寺派の和尚様方の篤いお心によって、法要が行われました。

宗演老師も、かつて自分がまだ幼い頃漢文の基礎を教わった寺で、自分の

百年諱が行われるとは思いもしなかったでしょう。

それがこうして実現しました。

そんな法要に、円覚寺から私が招かれて大導師を勤めさせていただき、感慨無量でした。

高浜の地では、当初二十九日は雨の予報だったのですが写真の通り、見事な晴天に恵まれ

宗演老師のお徳と地元の皆さまの熱意のたまものと思ったのでした。]

2018年10月29日

福井新聞に管長の記事が掲載


 福井新聞に横田南嶺管長の記事が掲載されました。

皆様、ご覧下さい。

2018年10月29日

若狭富士


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に出向されている

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

釈宗演老師が四十一才の時に

両親の墓参の為に帰郷されています。

そのときに、

こんな漢詩を作られています。

七年省せず、故郷の関

骨肉、多くは帰る、黄土の間

余の愁念を慰む、知らん何物ぞ

旧きによって、雪浜、青葉山。

意訳しますと

七年故郷に帰っていなかったので

久しぶりに帰省してみると、親類の

多くは亡くなっていて淋しく思う。

わたくしのこのもの悲しい思いを慰めてくれるのは

なんだろうか。

それは昔ながらのこの高浜の青葉山だ。

という意味です。雪浜というのは高浜のことです。

この最後の青葉山が、長らく

私は季節の言葉で、青葉の山だと思っていましたが

高浜には青葉山というすばらしい山があるのでした。

若狭富士とも言われるものであります。

この青葉山を宗演老師は、懐かしく眺めておられたのだと

思いました。

2018年10月29日

旭の出る空ぞ恋しき


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に出向されている

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

「釈宗演老師が明治二十年数え年二十九才で

セイロンに行って南方の仏教を学ばれました。

現地では言葉も通じず、苦労なされたようです。

そんな折りにこんな和歌を残されています。

身は雲にこころは水に墨そめも

旭の出る空ぞ恋しき

きっと、ふるさと高浜の海からみえる

朝日を思い出されていたのだと想像します。

高浜の海に昇る朝日の様子を

私もしみじみと眺めていました。」

2018年10月28日

管長 釈宗演老師生誕地記念碑の除幕式と記念講演会@福井県高浜


円覚寺派管長 横田南嶺老師は、釈宗演老師百年忌にあわせて、

宗演老師の生誕地である福井県高浜に

生誕地記念碑の除幕式と記念講演会のために出向されました。

講演会や除幕式には、大勢集まりました。

記念碑の字は、横田南嶺老師が揮毫されました。

今回の記念碑はより多くの方に知ってもらうよう、国道沿いの、役場と公民館の前に建てられました。


五十年前の五十回忌の折に生家に建てられた朝比奈宗源老師の書かれた記念碑です。


高浜のきれいな海岸で、明鏡洞という名所です。

2018年10月26日

10月27、28日どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会



さて、今週末(10月27年、28日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

10月27日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

10月28日(日)は、 

●9:00~11:00 日曜説教坐禅会(円覚寺派布教師和尚による法話と坐禅) @大方丈

 老若男女が集うお説教と坐禅会です。初めての方も多く参加されています。

blog-DSC01316
ー日曜説教坐禅会が行われる大方丈ー

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2018年10月26日

「先師にこの語あり」

 孔子のお弟子に顔回(がんかい)という人がいます。不幸にも若くして、

孔子よりも早く亡くなった人です。あの孔子も顔回が先に亡くなった時には、

はげしく慟哭されました。「慟哭」とは、はげしく声をあげて身もだえして悲しむことです。

門人が驚いて、先生のような方でも、そんなに悲しむことがあるのですかと聞くと、

孔子は、顔回の為に泣かなかったら、いったい誰の為に泣くというのだと言われました。

それほど信頼されていた弟子だったのです。

 孔子から「一を聞いて十を知ることができる」とまで言われた顔回ですが、

「一箪(いったん)の食(し)、一瓢(いっぴょう)の飲(いん)、

陋巷(ろうこう)に在り」といって、わずか一碗のご飯と、一碗の汁という質素な食事で、

しかもせまくてむさくるしい町に住んでいたといいます。

しかし、孔子はこう言いました。「人は其の憂いに堪えず。回や其の楽みを改めず。

賢なるかな回や」と。多くの人は、そんなわびしい暮らしに堪えられないが、

顔回はそれを楽しんでいて、そのように道を楽しみ学ぶことを止めようとはしない、

顔回は偉いものだよと仰せになったのでした。そんな顔回だったからこそ、

孔子は多くの門弟の中でもこよなく愛されたのかもしれません。

 仏教にも四依止(しえじ)といって、修行する者がよりどころとすべき

四つの暮らしが説かれています。一つには、常托鉢といって、常に托鉢の暮らしをすることです。

二番目は樹下居(じゅげきょ)といって、木の下のような質素な住まいに住むことです。

今の僧堂でいう「起きて半畳、寝て一畳」の暮らしです。

三番目には着糞掃衣(じゃくふんぞうえ)といって、質素な衣を身につけることです。

して四番目が陳腐薬(ちんふやく)といって、枯葉の様なものを煎じただけの藥用いることです。

一切の贅沢や飾りをはぎ取った暮らしです。

 我々修行をしていると思っていますが。たしかに托鉢もします、こうして夏は麻の衣、

冬は木綿も衣ですが、これらも形だけ質素にしているだけで、本当に質素な暮らしを

楽しんでいると言えるでしょうか。反省すべきであります。

聖書にも富んでいる者が天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しいと説かれています。

釈宗演老師というお方は、修行を終えたあとに慶應義塾に学び、セイロンに留学し、

シカゴの万国宗教会議に出て、更にヨーロッパにも布教行脚をされて、

外地では洋装でいられたりと華やかな印象を持たれます。

しかし、長年に宗演老師に随侍して、最後に脈を取るところまでおそばに仕えた

大眉老師というお方は、宗演老師を追悼して「先師にこの語あり」という文章を残されています。 

そこには、長年おそばに仕えて、宗演老師の言葉でいつも耳にしていて忘れられない言葉は

「もったいない」という一語だと記されています。

 病の床に伏してからも、多くの人がお見舞いくださるのを、「もったいない、もったいない」と

言っておられたと言います。

 我々今の豊かな時代に修行させてもらえるのは、有り難いことです。枯淡な暮らしと言いますが、

形式ばかりで、本当に枯淡とは言い難いところがあります。そんな中で修行するのですから、

せめてこの「もったいない」という気持ちだけは失ってはなりません。

(平成30年10月26日 横田南嶺老師 入制大攝心 『武渓集提唱』より)

2018年10月25日

「神農」


千体仏

 神農というのは、古代中国の伝説の皇帝の一人です。医療や農業の神様として祀られています。

 まだ農耕の行われていなかった太古の人々は、何でも手当たり次第に食べていました。

草でも木の実でもキノコでも貝でも、皆食べたりしましたので、毒に当たったり病気になって

苦しんだりしていたそうです。それは確かにそうなるでしょう。

 そこでこの神農が、あらゆる植物などを吟身し、毒かそうでないか確かめたらしいのです。

その為に自身は何度も中毒症状にかかったと言われます。そして人々に、何が毒であるか、

食べて大丈夫かを教えたといいます。

 それから、木で農具を作り、大地を耕して五穀を植えて農耕を人々に教えました。

そこから、農業の神様とも尊崇されています。

 我々は今、食事の度に、「功の多少を計り彼の来処を計る」といって、この食事がここに運ばれるまで

どれだけの手がかかったかを考えるという意味の言葉をお唱えしています。

しかし、せいぜいどなたが下さったものなのかを考えるくらいでしょうが、思えば、こうして安全に食事が出来るには、

長い年月にわたって、それこそ農耕を教えた神農から、毒か薬かを見分けた多くの人達のおかげでなのです。

だからこうして安心して食べ物をいただくことができるのです。

 そう思えば、今のこのいのちは、何気なく生きているようでも、人類の長い叡智の末に賜ったものであると分かります。

 自分一人の力でどうなるものでもない、大いなる力がはたらいて今ここに生きていると感じられます。

そう思えば、うかうかしているのではなく、しっかりと充実して生きねばならぬと思うのであります。

(平成30年10月24日 横田南嶺老師 入制大攝心 『武渓集提唱』より)

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