2017年6月11日

管長 日曜説教会映像

今日、円覚寺・大方丈にて行われた横田南嶺管長による日曜説教会の映像です。

横田南嶺管長が先日、PHP出版の方の取材を受けた時のエピソードをお話されています。

イライラした時の心の対処の仕方などを具体的にわかりやすく諭されています。

 皆様、ご覧くださいますように。

2017年6月9日

円覚寺境内のアジサイ情報開花①


<勅使門前階段脇>

 円覚寺境内のアジサイもぽつぽつと開き始めました。


<法堂跡参道脇>


<仏日庵前参道>

<仏日庵前参道>

<舞子アジサイ・黄梅院>

 皆様、ぜひ、ご来山くださいますように。

2017年6月7日

7月26日 夜の初心者向け坐禅体験会 参加者募集中


居士林(円覚寺の在家修行道場)山門
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居士林堂内

 最近、世間では、仏教瞑想に対する注目の高まりか、居士林で毎週土曜日に開催

されている土曜坐禅会・初心者の部(13:20~14:20)には、大勢の

方々が参加をしている現状があります。

 そこで、居士林では、夜間の初心者向けの坐禅会を設けました。

 この坐禅体験会は、2時間というゆったりとしたプログラムで、呼吸への意識の向け方、

経行(歩行禅)、足を組んで坐禅をし、最後に参加者の方に自己紹介と質問、

また、その方の現状などを話していただくなどの懇談会といった内容となっています。

(また、椅子での参加も可能です。)

日時: 7月26日(水) 19:00~21:00

    月に一度以上の割合で開催する予定です。

    今後のスケジュールについては、当「居士林だより」にてお知らせします。

場所: 居士林

定員: 12名

申込み:engakuji.kojirin@gmail.com  宛てに 件名「◯月◯日の夜の初心者向け坐禅会希望」にて

    ①氏名 ②住所 ③電話番号 ④年齢 ⑤職業 ⑥坐禅歴 ⑦参加動機 を記入して

    お送りください。

参加費: 大人 1000円 学生・子供 500円

  * 夜間開催ですので、会社帰りのサラリーマンや学生・子供の習い事としても参加できます。

  * 定員に制限がありますので、応募人数を超えた場合は、諸条件を考慮して、キャンセル

   させていただく場合もございます。ご了承ください。

  * 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2017年6月7日

6月10、11日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会



さて、今週末(6月10、11日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

6月10日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 場所:居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

 なお、東京近郊の方には、円覚寺派白山道場・龍雲院の坐禅会がお勧めです。

円覚寺派管長 横田南嶺老師が出向されて坐禅、提唱をしてくださいます。

6月10日(土) 8:30~11:30 坐禅の集い(碧巌録提唱) 於 龍雲院(文京区白山5-5-5)

 「坐禅の集い」は、横田管長が兼務住職をされている文京区・白山にある龍雲院で毎月行われている

坐禅会です。お問い合わせは、TEL 03-3812-5946まで。

6月11日(日)は、 

●9:00~11:00 日曜説教坐禅会(横田南嶺老師による法話と坐禅) 場所 大方丈

毎回500人近い、老若男女が集うお説教と坐禅会です。初めての方も多く参加されています。

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ー日曜説教坐禅会が行われる大方丈ー

 皆様のご来山を心よりお待ちしております。

2017年6月4日

「様々ものを全部受け止めて、私たちを黙って静かに見つめてくださっている」一日一語143


 今日は、夏期講座最終日でした。2講目講師・村上信夫さん(元NHKアナウンサー)と

3講目講師・大村智さん(ノーベル賞受賞者)と横田南嶺管長との写真です。


 昨日、横田南嶺管長は、初めてパワーポイントを使用して提唱をしました。

 夏期講座最終日1講目で横田南嶺老師が提唱されたことをまとめてみました。

 今日の問題で一番大事なところは、お釈迦様の大慈大悲の心であります。

言葉にならないもの、言葉で表すことのできない私たちの苦しみや悲しみ、

様々ものを全部受け止めて、私たちを黙って静かに見つめてくださっている

仏様、大慈大悲の心。

 私たちは、その大いなるものに見守られているのだ、仏様はいつも私たちを

見つめて下さっているのだ、無言のうちに見守って下さっているのだということに

気がつくことができれば、心の底からふっとあたたかいもの、私たちの内にも

大慈大悲、思いやりの心が湧いてくるのではないかとこう信じているので

あります。


 第82回夏期講座は、無事に全過程を終了致しました。

 大勢の皆様にご参加いただき誠に有り難うございました。

2017年6月2日

「この騒いでいる心の本質は、仏(ほとけ)である」一日一語142


 円覚寺では、昨日から第82回夏期講座が始まりました。

昨日、3講目の講師・谷川俊太郎さんと横田南嶺管長の写真です。

 今日は、夏期講座2日目でした。写真は、2講目の講師である西澤真美子さんと

坂村真民記念館館長・西澤孝一さん、3講目の講師である神渡良平さんと

横田南嶺管長とのものです。


 夏期講座1講目で横田南嶺老師が提唱されたことをまとめてみました。

 仏(ほとけ)は心である、心にある。それでいながら、「仏はどこだ?」と

外に向かって探し回っているのは、愚かであります。

 そこでお互い腰骨を立てしっかりと呼吸を調える。あちらこちら騒ぎまわる心を

静かにおさめる。昨日、波と水のたとえを言いましたが、

悩んだり苦しんだり叫んだり泣いたりといつも騒ぎまわっているのは波のようなもの。

しかし、その波立つ水の本質は、水である。この騒いでいる心の本質は、仏(ほとけ)である。

 先ほどのベトナムのお坊さんの言葉ですが、

 {ブッタはあなたの中にいる。

 ブッタが呼吸をしている。

 ブッタが歩いている。

 私は呼吸を楽しむ。

 私は歩いていることを楽しむ。}

 こういう世界を説いているのでありますが、なかなか、いっぺんにわかる

というのは難しいかと思います。でも、少なくとも、このこころを持って

生まれている、お互いにこころがあるということ、このこころの尊いこと、

素晴らしいこと、これだけは、はっきりとつかんでおきたい、忘れないで

おきたいところであります。

2017年6月1日

「心の本質はいのちそのもの」一日一語141

 今日から、円覚寺では、第82回夏期講座が始まりました。4日まで開催されます。

 夏期講座1講目で横田南嶺老師が提唱されたことをまとめてみました。

 私たちの禅の教えというのは、心をみる、心の本性・本質をみることを

第一にしてきました。

 心というものは、ざわめき動き、私たち自身も悩ますのは心であります。

心が動揺するから、私たちは悩み苦しみます。泣いたり笑ったり

憎んだり、愛おしく思ったり、実に心は種々に変化してとどまることは

ありません。

 でも、その心の表面上の動きに振り回されるのではなくして、

坐禅というのは、その心そのものをみるという。

これを例えて言いますと、好・嫌、泣・笑、良・悪など様々感情というのは

水の表面に立つ波のようなもので、感情の波の波立ちです。

 もちろん、それを静かに鎮めるのが坐禅の修行でありますが、

もっと大事なことは、その波立っている波の本質は何なのかというと

水だということなのです。

 様々な感情、この心の本質は何であるかというと、それは、

いのちそのものです。そして、そのいのちを私どもでは、仏(ほとけ)と

言います。

 心をみるということは、仏をみるということと同じになって参ります。

明日は、さらに一歩進んで、私たちのこの心は仏であるという問題に

ついて学んで参ります。

 お互いの心の本質は何であるか?心の本質はいのちそのものであります。

そのいのちは、たかだか、数十年前に生まれたものではない。

 人類が始まって以来、何億年でありましょうか、ずった永遠に受け継がれて

きた、いのちそのものであります。その素晴らしいいのちの顕(あらわ)れが

このこころ、この身体なんだと自分で実感をする、体得をする。これが

私たちの禅の教えの一番大切なところです。

 知識の多さや業績の良し悪しとか様々なことで、私たちは人比べて

苦しんでいると思うのですが、比べることのない世界、本来無一物の世界です。

 そういう世界に花を見たり、鳥の声を聞いたり、有り難いですね、、ちょうど

日の光が差して参りましたが、お日様の光に触れて、気がついてもらえたらと

思います。

{平成29年6月1日 夏期講座 無門関提唱より}

2017年5月31日

6月・水無月の詩


 坂村真民さんの詩を横田南嶺老師が揮毫したものです。

実物は、円覚寺山内・黄梅院の山門下の掲示板に貼ってあります。

 今月の円覚寺公式カレンダー。

2017年5月31日

6月3、4日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会

 
<ユキノシタ>

 さて、6月3、4日の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

6月3日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 場所:居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに足の組み方などの説明があり、

そのあと、坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

6月4日(日)の日曜坐禅会は、夏期講座開催中の為、休会となります。

2017年5月26日

「これですべてが解決します」 一日一語140


<甘茶、咲きました。>

 先日、居士会で開催されたGW宿泊坐禅会での、

横田南嶺管老師と参加者との質疑応答をまとめてみました。

質問者:何か一つ、ここに注意した方がよいというものがありましたら、

    アドバイスください。

老師:「何か一つここに注意をすれば良い」という都合の良いものがあれば、

   苦労はしませんね。ただ、そういうものがあれば、こっちが教わりたいね。

   方角が分からずに道に迷いながら手探りをしながら歩いている

   ようなものだという言葉があるが、私も、今だにそうですよ。

   「こうかいな」「こうかいな」と迷いながら手探りでやっていくより仕方がない。

   「これで、すべてが解決する!」という、そういうものがあったら、たぶん、

   疑ったほうがよい。たいがい、怪しいものが多い。「これで、あなたの

   問題がすべて解決する!」そんなもので問題が解決したら、世の中、

   苦労はしませんと思いますけどね。

    健康法でもそうですけど、「これで健康で安心だ」とかは、たいがい怪しい。

   だから、あなたが日々の中で「こうかいな」「こうかいな」と努力をしていく以外

   ないんじゃないかな。

別の質問者:延命十句観音経和讃に「まごころ」という言葉が出てきますが、

     自分がまごころを持って相手に接したとしても、うまく伝わらない時が

     あったりして、例えば子供に対して「勉強した方が良いよ」と言っても

     伝わらないことがあります。それは、私がまだエゴみたいなものがものが

     あるから、伝わらないのでしょうか?それとも、伝わらないこともあると

     思った方が良いのでしょうか?

老師: そうね。伝わる伝わらないは向こう(相手)の問題ですからね。こっちは

    こっちのベストを尽くすしかしょうがないね。それは、わからないよ。

    伝わらないようであっても、後になって伝わる場合もあるしね。

    こちらがまごころを尽くすという風に考えて、向こうは向こうですよ。

    子供といえども自分と違う生き物ですから。あなたの言うことなど聞かない

    ですよ。後になってなるほどと思うこともあるかも知らんし。

    エゴというのは、「全部俺の言うことを聞け!」と考えることがエゴ。

   「俺のまごころがわからないのか!」と言い出したら、まごころも

   はた迷惑になってしまう。こちらが誠心誠意偽りのない気持ちでいるしかない。

質問者:伝わらないから、エゴあると考えるのはどうですか?

老師: そんなことを考えていたら、きりがない。まあ、まごころ一つですべてが

    上手くいくでは、これもまた、「まごころ教」になってね。かえって、

    怪しいものになってしまうね。

{平成29年5月7日 GW宿泊坐禅会 質疑応答より}

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