2019年4月27日

修行の第一歩


木彫りの千手観音像

 我々の心の本性は、仏の心と一体のものであると気づけば悟りであり、逆にそのことを見失ってしまうと迷いです。

迷えば、外の世界に心が惹かれてしまい、愛するものには貪欲を起こし、憎いものには怒りを起こして、様々な苦しみを引き起こしてしまいます。

 その迷い苦しみの世界から逃れようと思うならば、まず無常を観じることです。

生あるものは必ず死ぬ、若いからといって、安心できない、豊かだと思っていてもいつ失うか分からないと無常を深く観じることです。

 次には、無常であれば、何も楽しむべきものはないのであって、実にこの世は苦しみだと観じることです。

貧しければ貧しさに苦しい、豊かであれば、また豊かさに苦しみます。煩悩がある限り苦しみはつきまとうのだと知ることです。

 更に、空を観じます。私たちの命は、今仮に存在しているだけであること、様々な条件集まって一時の命を保っているだけで、条件が分散すれば、もとの空に帰ってしまいます。

 そして無我を観じます。お互いは地水火風という四つの元素の集合体です。

筋肉や骨は地の元素、血液体液は水の元素、体熱は火の元素、呼吸は風の元素です。

この地水火風の四つが調和して命が保たれています。四つがバラバラになれば何も残りません。

我というものは仮にあるのみで、本来は無我であると観察します。

 こうして、無常、苦、空、無我という四つの真理を観察してゆくことが、苦しみから解脱する修行の第一歩であると、東嶺和尚は説かれています。

{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}

2019年4月27日

管長 京都での講演のお知らせ

 今、京都の花園大学歴史博物館にて、大用国師200年遠諱記念・誠拙周樗展が

開催されています。

これに関連して、5月13日(月)13:00~14:30に

円覚寺派管長 横田南嶺老師が「大用国師を慕いて」の演題のもと、

花園大学教堂(入場無料、申し込み不要先着150名)にて講演をされます。
 
 また、5月14日(火)10:40~12:10には、花園大学公開講座(無料)にて

横田南嶺管長が「禅僧の言葉に学ぶ 馬祖道一禅師」のテーマで講演をされます。

詳しくは↓
花園大学公開講座

 関西方面の方は、ぜひ、ご参加くださいますように。

2019年4月26日

6月27日 夜の初心者向け坐禅会@居士林 参加者募集中


居士林(円覚寺の在家修行道場)山門
blog-%e5%b1%85%e5%a3%ab%e6%9e%97%e5%a0%82%e5%86%852
居士林堂内

 最近、世間では、仏教瞑想に対する注目の高まりか、居士林で毎週土曜日に開催

されている土曜坐禅会・初心者の部(13:20~14:20)には、大勢の

方々が参加をしている現状があります。

 そこで、居士林では、夜間の初心者向けの坐禅会を設けました。

 この坐禅体験会は、2時間というゆったりとしたプログラムで、身体をほぐす体操、

呼吸への意識の向け方、足を組んで坐禅をし、最後に参加者の方に自己紹介と質問と

いった内容の懇談会となっています。

(また、椅子での参加も可能です。)

日時: 6月27日(木) 19:00~21:00

    月に一度以上の割合で開催する予定です。

    今後のスケジュールについては、当「居士林だより」にてお知らせします。

場所: 居士林 

定員: 20名

申込み:engakuji.kojirin@gmail.com  宛てに 件名「◯月◯日の夜の初心者向け坐禅会希望」にて

    ①氏名 ②住所 ③電話番号 ④年齢 ⑤職業 ⑥坐禅歴 ⑦参加動機 を記入して

    お送りください。

参加費: 大人 1000円 学生・子供 500円

  * 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年4月26日

何を悟るか


シャガとバッタ

 よく禅の語録を読んでいますと、豁然と悟ったであるとか、省有りという言葉が出てきます。

省有りとは、気がついたという意味です。

 では、いったい何を悟り、何に気がついたのでしょうか。

 東嶺和尚の『入道要訣』のはじめには、「人々具足スル本性ト、三世諸佛ノ本性ト無二ナリ。功徳莊嚴モ均シ。光明赫奕タリ。」

という言葉がでてきます。意訳しますと、お互いの本来具えている心の本性と、三世諸仏の本性とは同一であって、

その功徳も素晴らしさも全く同等であって、光輝くものだというのです。

 仏の心と私たちのこの心とは一つであったと気がつくのであります。

この事を明らかにして納得いくことが悟りにほかなりません。何を悟るのかというのは、

お互いの心が仏の心と一つであったと悟るのであります。

 逆にこの事を見失ってしまった状態を迷いというのであります。見失ったが為に、

外の世界にばかりに執着してしまうのです。

 そうしてどのように迷いを起こし、どのように苦しみを引き起こしているのかということを

よく学んで明らかにしておくと、再び迷う道理はないのであります。

{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}

2019年4月25日

心の向けよう


オオデマリ

 これから『臨済録』を学ぶのですが、初心の者がいきなり『臨済録』を読んでも、やれ棒で打つだの、

胸ぐらをつかまえて横面を張り倒すだの、質問するとすぐに一喝するだの、

なんのことやらさっぱり分からないというのが事実かと思います。 

 そのような世界に到るまでの階梯も、学んでおかなければ取り付く島もないかと思います。

そこでしばらく、白隠禅師のお弟子である東嶺和尚の『入道要訣』という書物を学んでまいります。

 この書物は、仏道はどのような入り口から入り、どのように修行を進めていったらよいのか親切に説かれています。

 まずはじめには、我々迷える衆生も仏も本来同じなのだと説かれています。これが禅の教えの根本であります。

 では、どうして仏と私たちとこんなに隔たりがあるのかというと、仏と我々では心の向けようが違うのだというのです。

仏は、心を内に向けて自心を悟ると言います。自らの心の本質に目覚めることができるのです。逆に我々迷える者は、

心が常に外に向かって、欲望の対象を追いかけているというのです。そこで愛するものには貪著を起こし、

憎いものには怒りを起こして種々の苦しみを生みだしてしまうのだというのであります。

 ですから、坐禅の修行は、まず外の世界に心を向けないように、自心を見つめることに心を用います。

{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}

2019年4月24日

5月18日 講演会のお知らせ


 5月18日(土)に円覚寺派管長 横田南嶺老師と批評家・随筆家 若松英輔氏による

特別記念講演会が日本橋三井ホールにてございます。

 ローソンチケットだけでなく、円覚寺の売店でも、チケットが購入できるようになりました。

 皆様、ぜひ、お越しくださいますように。

 また、ただいま開催中の三井記念美術館の「円覚寺の至宝展」と会場にて

法話、座談会、坐禅(要予約)などのワークショップを開催しています。

 こちらも、ぜひ、ご参加ください。
 

2019年4月24日

嬉しがらせの名人


セッコク

 円覚寺の歴史は七百数十年に及びます。しかし、その間決して順風満帆であったわけではありません。

幾たびも火災にも遭い、寺の存亡の危機もございました。

 とりわけ、徳川幕府が滅んで明治新政府になった時も大きな打撃でした。それまでは、鎌倉時代、室町時代そして徳川時代と、

代々の幕府が寺を支えてくれていました。幕府が滅ぶということは、寺を支える経済基盤を失う事を意味します。

 そんな中、円覚寺には明治八年に今北洪川老師がお入りになりました。幕府が滅んで、

その上に廃仏毀釈という危機的状況の中で洪川老師がお越しになりました。

 洪川老師は、すぐに禅堂を再開して、更に択木園という、今の居士林にあたる在家の人の為の道場を開きました。

大勢の人達に禅の道へ門戸を開いたのでした。鎌倉は東京からも近かったので、大勢の人達が参禅に訪れるようになったのでした。

そこで、お釈迦様以来の本来の寺のあり方である、僧は法を施し、在家は財を施して、寺を維持するように致しました。

その伝統が今日まで続いています。それはひとえに洪川老師の功績であります。

 しかしながら、最近その洪川老師のご苦労を改めて思い知ることができました。

『明治大正人物月旦』という書物に洪川老師のことが紹介されているのを知りました。

 そこに洪川老師は「嬉しがらせの名人」として紹介されていたのでした。当時の学者や政治家大勢の人が鎌倉に坐禅に通うようになったのは、

洪川老師のおかげであると書かれていました。もしもこの洪川老師がいなければ、坐禅などこんなにはやらなかったろうとまで書かれています。

 それは、ひとえに洪川老師の人となりによるのです。この書物には、洪川老師の事を「どのお客へも必ず喜びさうなことを三つも四つも云ふ、

思ひ切り嬉しがらせるのが滅法上手だった。又来たくなるやうに持ち掛けるので足が近くなる」と書かれています。

 どんな人にも相手が喜びそうなことを言う、また来たくなるようにさせるというのです。

 これは生来のご性格によるものか、努力されたものなのか分かりませんが、少しでも相手を喜ばせたい、よく導いてあげたいという、

洪川老師の純粋な思いによるものかと察します。こんな努力があってこそ、多くの人が坐禅をするようになっていったのだということを、

今の私たちは忘れてはならないと思います。どうも禅僧の中には、人が来ても「何しに来たんだ」と言わんばかりに、

上から目線の人も多いように見受けられます。反省すべきかと思います。

 思えば、鈴木大拙先生が初めて洪川老師にお目にかかった折にも、洪川老師がどこの生まれかと聞かれ、

まだ青年の大拙先生が金沢の生まれだと答えますと、北国の者は根気がよい、大いにやれと励まされたと記されていますが、

この一言でも分かります。まだ若い大拙先生も、洪川老師の一言で、よしがんばってみようと思われたのでしょう。

こんな言葉を「愛語」というのでしょう。

{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}

2019年4月23日

4月27,28日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会


さて、4月27、28日の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

4月27日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

4月28日(日)は、 

●9:00~11:00 日曜説教坐禅会(円覚寺派布教師和尚による法話と坐禅) @大方丈

 老若男女が集うお説教と坐禅会です。初めての方も多く参加されています。

blog-DSC01316
ー日曜説教坐禅会が行われる大方丈ー

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年4月23日

親の恩に報いる

今北洪川老師は、十九歳の時に既に大阪の中之島で塾を開いて儒学を教えていました。

そんな時に、『孟子』を読んでいて「浩然の氣」の一章に触れて、孟子は浩然を説くが、

自分は浩然を実践したいと意を決して出家しました。後に天下の名僧と謳われた洪川老師ですが、

はじめは親の期待を裏切って出家したので、親に不孝をしたという思いが強かったのだと思います。

 そこで、円覚寺に今私たちが坐っている坐禅堂を開く時に、『正法眼堂亀鑑』という一文を草して、

修行者達に、親の苦労の恩に報いるには、どうしたら良いのかと問いかけました。

 親にご馳走を食べさせてあげることも、学問を成就して名を挙げることも、或いは読経して菩提を弔うことも、

充分ではないと仰せになっています。では、真に親の恩に報いるにはどうしたらいいのか。

 洪川老師は、ただ真実の仏法を求めて辛く苦しい修行をして、世の宝となるような僧になることひとつだと説かれました。

洪川老師ご自身の親に対する深い思いが現れた言葉だと思います。

 森信三先生は、「眼を閉じてトッサに親の祈り心を察知し得る者、これ天下第一等の人材なり」と仰せになっていますが、

親の恩をしみじみと感じて修行することを忘れてはなりません。洪川老師の文章を読むたびに身にしみて思います。

{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}

2019年4月22日

三井記念美術館 鎌倉禅林の美 円覚寺の至宝展 開催挨拶

 4月20日から日本橋の三井記念美術館にて「円覚寺の至宝展」が開始しました。

詳細はこちらへ「円覚寺の至宝展」

前日のレセプションでの横田南嶺管長による開催挨拶です。展覧会の目的や見どころを

提唱されています。

 【この三井記念美術館のある日本橋から、銀座にかけての広い土地は、もとは江戸前島と呼ばれ、徳川幕府が開かれるまで円覚寺の所領でありました。

徳川家康公が江戸に入る時に、豊臣秀吉公は、家康公に対し、円覚寺の所領に手を付けないように言い渡したのですが、

家康公にすぐに奪われてしまったのでした。

 そんな因縁のある土地で、この度円覚寺の至宝展を開くというのは実に不思議なめぐり合わせでございます。

 家康公に所領を没収されたことやその他の事情もあって、江戸時代に円覚寺は荒廃してゆきました。

もはや、その荒廃も極に達したかに思われた時に、円覚寺を再興されたのが、この度二百年遠諱を迎えます大用国師こと、

誠拙周樗禅師でありました。

 せっかく誠拙禅師が江戸時代の末期に再興されたのですが、明治維新になり、廃仏毀釈も起こって、

円覚寺は更に大きな打撃を受けました。

 そんな中を、単に円覚寺や国内で活躍するのみでなく、広く世界に禅を弘める端緒を開いたのが、

この度百年遠諱を迎えます釈宗演老師でありました。弱冠三十二歳で円覚寺の管長になり、

シカゴの万国宗教会議に出て、初めて西洋の人達に仏教を説き、後にはアメリカ、ヨーロッパを巡錫して禅を説かれました。

その時に通訳として随行したのが鈴木大拙先生でした。

 釈宗演老師のもとには朝野の名士達が参禅に訪れ、円覚寺は関東に於ける禅の一大道場として今日に到りました。

 その円覚寺に伝来する宝物を展示する特別展を、三井記念美術館のご尽力と、読売新聞や鎌倉国宝館のお力をいただいて開催することができました。

厚く感謝致します。

 今回の展覧会では、三井記念美術館の清水真澄館長が特に、円覚寺の開創と華厳禅とのかかわりに注目してくださいました。

実に円覚寺の開山仏光国師の禅は、華厳の教えがもとになっています。今この場で華厳の禅とはどのようなものかを語る時間はございませんが、

私ども円覚寺におります者も、改めて華厳の教えを見直させていただくことができました。

 また、展示の見所と致しましては、円覚寺には開山仏光国師が南宋から持って来られた、青磁器や堆黒堆朱と呼ばれる、

世界にも数が限られているような名品が伝わっています。私どもも普段寺では目にしてきましたが、この三井記念美術館に展示していただくと、

より一層すばらしく拝見することができます。 更に、禅宗においては、仏像も大事に致しますが、

何といいましても仏法を体得して伝えてきた祖師を大事に致します。その祖師のお姿を写した頂相彫刻が数多く伝わっています。 

 とりわけ、今回は建長寺様のご協力をいただき、建長寺の開山大覚禅師蘭渓道隆禅師の頂相彫刻を出展していただきました。

建長寺の大覚禅師と円覚寺の仏光国師とが、並んで鎮座されています。この両祖師が並んだお姿を目にすることは滅多にない機会であります。

私も先ほど拝見させていただき、両祖師の前に立ちますと身の震える感動が致しました。

 その他にも高峰顕日、夢窓疎石など仏光国師法縁のすばらしい祖師像もございます。

どうぞ、このあと皆さまにも円覚寺及びご縁のお寺に伝わる名品の数々をご覧いただきたく願います。

 最後に申しあげたいことは、禅というのは単に今回陳列されているような過去の遺産ではありません。禅の教えは今現在も脈脈と受け継がれ実践されています。

そんな様子は映像でご覧いただくようにしています。

 禅は現在にも息づいて、そしてこれからの世の中においても多くの人の心の支えとなる教えでもあります。

少しでも禅の教えに触れていただく為に、会期中に坐禅会、法話会、講演会、そして僧侶と共に語り合う座談会なども企画しております。

宝物ばかりでなく、現在に生きて、これからの心の支えになる禅の教えにも触れていただいたならば、主催者と致しまして幸甚でございます。】

ページのトップへ戻る