楽しんで学ぶ
今回は、修行道場の修行僧たちと皆で学びました。
まず控え室に入ってお茶を出しました。
お茶碗を手にとって井上さんは語り始めます。
このお茶碗をどのように持つかによって身体が変わるのだというのです。
このお茶碗を片手で雑に持って飲もうとする時の身体と、両手で丁寧に持って飲もうとする時とでは身体が変わっているのです。
雑に持ったときに、横から誰かが押してみると、もろく揺れます。
しかし、両手で丁寧に持ったときは、身体は少々押されても揺れなくなっています。
身体が安定しているのです。
この身体の安定と心の落ち着きとは連動していると思います。
同じ物でも持ち方によって身体が変わるのです。
触れる物でも身体は変わると思います。
私はよくイス坐禅の時に行うのが、鳩サブレーを使ったワークです。
鳩サブレーを手ぬぐいで丁寧に包みます。
その鳩サブレーを両手で挟みます。
合掌のような形で持つのです。
大事な鳩サブレーを今両手で挟んで持っていると意識すると、身体は安定して少々押されても動かなくなります。
鳩サブレーは強く持ったりすると割れますので、自然と優しく持つようになります。
いろんな器でも、その器に触れることで身体が変わると思います。
使い捨ての紙コップを持ったときには、どうも手の感覚も鈍くなるように感じます。
私は外で講演するときには、自分の湯飲みを持参してゆきます。
お寺が会場の時には、湯飲み茶碗でお茶を出してくださいますが、会場によってはペットボトルのお茶や紙コップだったりします。
そういうときには、お茶やお水を持っていった自分の湯飲みに入れていただくようにしています。
いつも使っているのは鎌倉彫の湯飲みであります。
こういう職人さんの手作りの物に触れるときと、紙コップに触れるときとでは身体の感覚が違います。
その点、お茶を習ったりして、よいお道具に直に手に触れるというのはよい体験になります。
大事なお茶碗に触れるときには、それだけで身体が変わるものです。
触れる物で変わる、そして触れ方でも変わるのです。
例えば、レジ袋などに触れても雑に扱って捨ててしまうのと、丁寧にたたむのとでは身体の感覚が違います。
雑に扱っていると、心も雑になるような気がします。
私は丁寧に折り目を正してレジ袋をたたんであげるのが好きなのであります。
丁寧にたたんでいると心が落ちつくように感じるのです。
手拭きやおしぼりでも同じであります。
この頃は手拭きでも使い捨ての紙製の物が多くなっているように感じます。
使い捨てだと、ついつい雑に扱ってしまいがちです。
しかし、そこを丁寧に折りたたんで使い、またたたんでしまうと、身体にも心にもよい影響があるように感じるのです。
器を置く時でも静かにそっと置くと身体もまとまり、心も落ちつきます。
触れる物によって変わる、触れ方で変わる、そんな話をしていました。
そして皆でいろんな身体の使い方、動かし方を習いました。
井上さんは、甲野善紀先生について古武術を学んでいらっしゃるほかにも、ヨガも学んでおられます。
井上さんは、沖正弘先生に直接教わった方から学んでおられるのです。
沖先生は、戦後の日本におけるヨガの普及を牽引された、草分けのような方でいらっしゃいます。
井上さんは、習って来られたいろんなことを総合して教えてくださいます。
今回はヨガベルトを使った開脚の方法や、ヨガの三角のポーズなどを教わりました。
開脚というのは、足が痛いので、なかなか上手にできないものですが、痛く感じるようなやり方ではなく、ベルトを使って、そっと行ってゆきますので、気がつくといつもより深く開脚できているのです。
これも自分の身体にどのように触れるかということではないかと思います。
目をつぶって足踏みをするというのは楽しいものでした。
目を閉じて百歩も足踏みをしていると、それぞれ人の身体には左右差やゆがみがあるので、方向がずいぶん違っていたり、もとの場所からかなり動いたりしてしまっています。
ある人などは、百歩足踏みをすると反対側を向いていたりして驚きました。
私はというと、ほとんどもとの場所から動かずに終えられたので、皆に驚かれました。
これは私の場合は、足の裏で畳の目を感じて、方向や位置を補正していたのです。
身体のゆがみを体験するためのワークなので、補正していたのではよくないのです。
目で補正しているのを足の裏で補正していただけのことです。
トカゲのように地面を這う動きなどもしました。
これはトカゲのマネをして楽しみながら、股関節の可動域が広がります。
いろんな動きを皆で楽しみながら実習していました。
最後にはシャバアーサナという死体のポーズを行います。
全身の力をぬいて畳に身を預けます。
いろんな運動をした後だけに、全身がくつろぐのがよく感じられます。
そして起き上がって、皆で坐禅をしました。
身体をほぐして坐ると、坐禅とはこんなに心地よいものなのかと改めて感じました。
楽しみながら学ぶことで、学びが一層深まるのでした。
横田南嶺