信心問答
とりわけ、唐の時代の問答は、相手に自らの心が仏であると気づかせるものでした。
問答は、なにも禅に限ることではありません。
『我が師村田和上』という本には、村田静照和上と朝比奈宗源老師の問答が載っています。
こういう問答であります。
そのまま引用させてもらいます。
村田和上のおそばにいた方の話として書かれています。
「昨夜は朝比奈さんと和上さんと大問答がありましてなァ。有難いことでしたわ」と概要の話を聞かせて下されたが、その中、最も感銘の深かった点はこうだ。
「如来の救いは解りますが、さて我々の悪業はどうなるのですか」というのが禅師の問いであった。
こうした点は真宗者としては、初めから結論が出ているので問題にならず、却って我が心の頂きようが問題になるのだが、あちらさまでは、この悪業の始末が大問題であるに違いない。
和上は得意の即席譬喩をもって、
「豆腐屋の親爺が立身出世して、とうとう総理大臣になった。
すると豆腐屋をしていた頃に、金を貸してあった債権者たちは、今更借金の催促をするどころか、『あんな端した金くらいはようござんす』と、その僅かな貸金の因縁をつてにして、総理大臣に近づかんことを望むようなもの・・・・・」と返答されるや、言葉も未だ終わらぬに、
「はあッ!」
と大喝一声、座敷の床も戸障子も、ビリビリッと振動するほどの領受の数声に、侍座の阿部さんも思わず跳び上がったと、面白そうに語られた。」
という話であります。
『佛説觀普賢菩薩行法經 』には、
一切の業障の海は、皆、妄想より生ず。
若し懺悔せんと欲する者は、端坐して実相を念ぜよ。
衆罪は霜露の如し、慧日、能く消除す。
という言葉があります。
すべての悪業によって生じる障りは、海のように広大であるが、そのすべては、ものごとを誤って捉える妄想から生じている。
もし自らの罪や過ちを懺悔しようとするなら、姿勢を正して坐り、すべてのものの真実のあり方である「実相」を深く観じなさい。
さまざまな罪は、霜や露のようなものである。智慧の太陽が昇れば、霜や露が消えてゆくように、それらの罪も消えてゆく。
という意味であります。
禅では、智慧の光によって、霜や露のように罪障も消えてゆくと説きます。
一方、村田和上のお話では、阿弥陀如来の広大な慈悲の前には、私たちの罪もまた救いの妨げにはならないということでありましょう。
朝比奈老師の『覚悟はよいか』にも問答が載っています。
おしげさんというご夫人と村田和上との問答であります。
この方は、朝比奈老師の本によると「在家の人で、四日市のお嫁さんだった。若い夫が、早く死んだ。その人の家は門徒宗で、後に残った舅も姑も、口を揃えて、死んだ息子は極楽へ行ったという。先祖も極楽、息子も同じ極楽、そう信じて疑わない。ところがおしげさんだけが、わからない。安心がわからない。わからないということは、自分だけは地獄へ連れていかれるのだろうかと、もう心配で心配でたまらなかった。」
というのです。
そこで、このおしげさんはなんと京都の本願寺にお参りにいって、博多に七里和上という方がおられるという話を聴いて、博多に行こうとされたのでした。
するとある方が、博多まで行かずとも伊勢に村田和上がいると教えてくれたのでした。
そして村田和上を訪ねたのでした。
以下の問答は、朝比奈老師の本から引用します。
「和上は、ちょうど御飯を食べていたそうだな。
おしげさんは、その時の情景をいつまでも憶えていた。
貧乏寺で、お漬け物の菜っ葉を、こう、口にくわえていたという。
そんなところへ行って、いきなり信心をうかがった。
「阿弥陀如来は、どんな罪深いものでも救うという誓いをたてておられるっていうこと、本当ですか?」とこういった。
「本当じゃ」
「なにか証拠がありますか」ー。
みんなこうだ。これがいちばん困る問題なんだなあ。
「証」をたてるという。
信仰や悟りに証なんて、普通の人間世界の、受取みたいなものがあろうはずはない。
いいかな。そうしたら和上は、うーんといって、「お前さん子供があるか」という。
「はい、あります」
「学校へ上げたか」
「上げました」
「手続きもしたか」
「はい」
「そのとき、先生とおまえとで、いろんな話し合いがあったろ」
「はい」
「そうか、それを全部、子供が理解していたか?
親と先生とでどんな話し合いがあって、どんな内容があって、どんな手続きがとられたかということを、いちいち子供が心得てなきゃ学校へ入れないか。
仏さまの御誓願もそうだ。阿弥陀如来の救いの手続きはすっかりすんでいるのに、凡夫はなお不安に思う」と、こうおっしゃった。
それは、悶々として、ちょうど煮えくりかえっていたお湯の中へ、水をダブンと入れたようなもんで、「うーん」と、これだけでいけちゃった。
いままで如来さまの御誓願を疑ったことはまことに申し訳ないと、それでもう泣いて泣いて、嬉しくて嬉しくて・・・・・・」
という話です。
『村田静照言行録』には、こんな問答もあります。
「阿弥陀様の一番大きなご苦労を聞かして頂きとうございます」
和上ニッコリとして静かに会釈され、
それは大無量寿経に説いてありますが、あの説き方は万分の一にも当らんくらいです。
とても凡夫には分らん。
分らんで分るように説いてあるのが大無量寿経じゃが、そのまたお経が分りかねますじゃ、南無阿弥陀仏。
ちょうど今頃になりますと蚊がチョイチョイ出てくる、母親が倉から蚊帳を出してくる!
その時母親は「この蚊帳はわしが嫁入りしてくる時、どこそこで、いくらで母親が買うてくれたアー」等、思いながら持ち出して来るのじゃが、子供たちは是をただ、「倉から蚊帳が出て来た」としか思わんようなもの
という話であります。
どれも当意即妙な譬喩で、相手に阿弥陀さまのお慈悲の深いこと、私たちにはその万分の一も分かっていないことをお示しくださっているのであります。
村田和上は
「降る雪を手にとり見れば消ゆるなり
空に降らせてわが物にせよ」という和歌を紹介して、
「信じたいと我が物にしようとするから、信じられん。」と仰せになっています。
禅もまた広大な仏心の世界を説いていますが、それは私たちの推量ではかれるものではありません。
朝比奈老師は
人は仏心の中に生まれ
仏心の中に生き
仏心の中に息を引き取る
と仰っています。
こう見てみると、念仏も禅も目指すところは通じていると思うのです。
横田南嶺