禅の魅力とは
なんといっても私自身大きな学びがありました。
その前日は、父の四十九日で、和歌山県新宮市まで日帰りで行って帰ってきました。
鎌倉から新宮市にまで行くのは七時間近くかかるので、今まで日帰りしたことはなかったのですが、今回はその前の日も、その後も予定が入っているので、早朝に出て夜遅く帰ることになりました。
禅文化研究所の講座の午前中は、建長寺様の開山忌に出頭していました。
お昼に帰ってきて、そのまま午後一時から講座を務めたのでした。
そして次の日は京都に出かけました。
三日間ほどの行事を務めてきました。
毎年五月二十五日は、花園大学の創立記念日であります。
四年前の創立百五十周年の記念に、ソフトバンク社長の宮川潤一さんと公開対談をしたのでした。
それからこの総長対談が毎年続いています。
次の年には、佐々木閑先生と対談して、その次の年は栗山英樹さんと対談しました。
昨年は、京都国立博物館の元館長で、花園大学歴史博物館の館長である佐々木丞平先生と対談しました。
そして今年は、臨済宗妙心寺派管長の山川宗玄老師をお迎えして対談させていただきました。
その日は対談のあと、花園大学の仏教学部に入って花園禅塾で学んでいる学生さんたちとの懇談会もございました。
その日はそのまま京都に泊まり、明くる日は朝から禅文化研究所で、YouTubeの撮影を行いました。
この四月から新たに白隠禅師の毒語心経を学ぶという動画を始めています。
今回は、白隠禅師が、「摩訶般若波羅蜜多心経」のはじめの「摩訶」の二文字と、「般若」の二文字について、著語と頌を着けられているのを学びました。
「摩訶」というのは大きいという意味ですが、白隠禅師は、「多くは広くて大きいことだと理解するが、そんなものではない。」と仰せになっています。
更に「もし小さい般若があるのならみせてもらいたい。」と説かれています。
こういう表現で大きいといっても、小さいのと比べて大きいというのではないことを示しているのです。
比較を超えたところです。
更に頌では「百億の須弥山が集まった三千大千世界、兎の新毛の先についた露のように小さいものに過ぎない。
三千世界も海の上の漚くらいなものだ」という意味の詩を作っておられます。
大小を超えた世界である「摩訶」を禅独特の表現で表してくださっています。
撮影を終えてすぐに今度は花園大学の公開講座で話をしました。
引き続いて大学の花まつり、そして今回花園大学の硬式野球部が京滋リーグで優勝して全国大会に出場することになり、その壮行会を行いました。
そのあと和歌山県の白浜に向かいました。
明くる日が妙心寺派和歌山教区の花園地方大会で講演をさせてもらいました。
この地方大会には、妙心寺派の管長として山川宗玄管長猊下もお見えくださることになっていました。
ですから、月曜日に山川管長猊下と対談して、次の日には白浜で夕食の相伴をさせていただき、明くる日の地方大会でもご一緒させていただくことになったのでした。
管長猊下と三日もご一緒させていただくという実に有り難いご縁となりました。
大学での公開対談で、私ははじめに禅の魅力について申し上げました。
禅を学ぶには、禅を体得された祖師の言葉を学んだり、その歴史や思想を学んだり、また禅の文化を学んだりします。
大学で学ぶことはそのようなことです。
しかし、禅の魅力はなんといってもその人物にあると申し上げたのでした。
禅を体得して禅に生きている人に触れることが一番の学びになります。
その人の姿を拝見し、声を聴くのです。
その雰囲気、たたずまいから感じるものがあります。
そのように申し上げて、このたび只今の禅の世界を代表する山川管長猊下のお話を皆さんと共に拝聴したいと伝えました。
ですから対談といいましても、私が聞き手になってお話を拝聴したのでした。
山川管長猊下は昭和二十四年のお生まれですので、私よりも十五年も年上の大先輩であります。
お寺のお生まれで、埼玉大学を卒業なされ、平林僧堂の白水敬山老師について得度し、正眼僧堂に入って修行なされた方であります。
平成六年(一九九四)より正眼寺僧堂の師家と、正眼短期大学の学長をお勤めになっています。
一昨年の令和六年からは妙心寺派管長にも就任なされているのです。
出家の因縁などをうかがって正眼寺に入門された頃の話をうかがいました。
修行道場に入門するにあたって、玄関先で二日ほど頭をさげてお願いする庭詰があり、そのあと旦過詰といって一人部屋で三日から五日ほど坐禅を続けるのです。
その旦過詰の時に托鉢に行かされたという話でした。
前の晩に明くる日は托鉢にでると知らされていたそうです
ところが、その日は雨となったので、老師は托鉢はないだろうと思っていたところ、雨でも行くのだと言われました。
合羽を着けて雨の中を片道十五キロも歩いて托鉢に行かれたそうです。
合羽をつけても雨水は容赦なく入り込んできます。
全身ずぶ濡れになってしまいます。
どこまで歩くのかも分からず、ただ先輩について行くだけです。
そんなたいへんな状況の中で老師は、途中でふっと心が切り替わったと仰せになっていました。
「どうせ濡れるのなら、プールの中で泳いでいるようなものだ。このまま行けるところまで行こう」と思ったというのです。
その瞬間、不思議と苦しさが消え、気持ちが軽くなったといいます。
一軒一軒、言われた通りに托鉢を続け、気がつくと無事に終わっていて雨も上がっていたのでした。
ずぶ濡れだった衣も乾いていたというのです。
足は血だらけになっていたといいますから、いかに過酷だったかが分かります。
そんな状況でも心が変われば、苦痛ではなくなるという話でした。
修行とは単に苦しみに耐えることではなく、自分の心の持ち方が変わることで、苦しみそのものの意味が変わることなのだと、老師のお話を拝聴していて感じました。
それでもそんな過酷な中で気がつかれるのですから、身体も丈夫であり、類い希な精神力もお持ちの方だと思いました。
対談は一時間半を超えるほどになったのですが、いろんなお話を聞き出すことができました。
大勢の方が聞きに来てくださっていました。
この対談は後日花園大学公開講座のYouTubeで公開される予定です。
横田南嶺