無字の公案
一六歳で出家し,翌年受戒.はじめ臨済宗の湛堂文準禅師に参じ,のちにその遺命と張商英の勧めによって圜悟克勤禅師に謁し大悟して法を嗣いでいます。
この大慧禅師が、門下の居士や官史などの質問に答えて、禅を修得するための要点、心構えなどを懇切に教えた手紙文六十二通を集めたのが『大慧書』と呼ばれる書物です。
とても修行の参考になる書物で私もかつてこの書物の講義をしたことがありました。
その『大慧書』の中に、富枢密に与えた書があります。
大慧禅師五十歳の時の書であります。
手紙のはじめに、
「お手紙拝見しました。若年からこの道を信じることを知っているが、晩年知解にさまたげられて、まだ悟入するところがなく、朝夕道を体得する方便を知りたいと思っている、とのこと。このようにまごころを打明けられましたからには、しいて遠慮いたしません。あなたの申し状にもとづいて案件を処理するために、少々卑見を述べましょう。」
と書かれています。
真摯に自分を見つめて大慧禅師に道を問うていることが分かります。
大慧禅師は「ただこの悟入を求めるものが、そのまま道を障える知解になっているのです。
その外にあなたのさまたげをするどんな知解があるでしょうか。
結局何を喚んで知解とするのですか。
知解はどこから来ますか。さまたげられるものは一体誰ですか。」
と親切に説かれています。
知解とは「知見解会の略」で、「普通の人の知識による理解。観念的な解釈。理解する」ことであります。
所謂知識であり、解釈であります。
これは分別知でもあります。
物を分けて比較し分類して理解することでもあります。
それに対して大慧禅師は、
「ただ妄想顚倒の心、思量分別の心、生を好み死を悪む心、知見解会の心、静をねがい動をいとう心を、一度におさえつけ、そのおさえつけるところについて、話頭を参究なさい。」
と教えておられます。
ここに静かなのを願い、動くのをいとうとあります。
まさに静かなのと騒がしいのを比べて静かなのがよい、騒がしいのはいやだという分別のこころです。
騒がしいという環境が妨げになっているのではなく、静かなのと比べて、静かなのはよい、この騒がしいのが嫌だという心が妨げとなっているのです。
大慧禅師は、お釈迦様の教えを引いておられます。
「もろもろの業は心から生じる。だから心は幻のようなものだと説くのである。もしこの(妄)分別を捨て去るなら、三界六道は消滅する」と説かれています。
そのために「僧 趙州に問う。狗子に還って仏性有りや也た無や。州曰く、無」の公案を取り上げて工夫させるのです。
大慧禅師は「この「無」の一字こそ、いろんなねじけた知覚をくじく武器です。
(この「無」を悟るのに)有無の意識をおこしてはいけません。理窟の意識をおこしてはいけません。
意根によって思量し臆度してはいけません。眉をあげ目をまばたくところにじっとしていてはいけません。
言句の上でその場しのぎをしてはいけません。
無事そのものの中にとどまってはいけません。
挙示されたことについて早合点をしてはいけません。
文字にとらわれて証拠がためをしてはいけません。
ただ朝から晩まで行住空臥の中で、いつも工夫し、いつも気を引き立てなさい。」
と教えているのです。
『大慧書』の現代語訳は筑摩書房の『禅の語録17大慧書』にある荒木見悟先生の訳を参照しました。
無門慧開禅師は一一八三年の生まれで、一二六〇年に亡くなっています。
大慧禅師よりは百年ほどあとの方であります。
この無字の公案が弘まっていたと察せられます。
無門禅師は、この無字の公案に六年間取り組まれました。
その体験から『無門関』の第一則にこの無字の公案を取り上げています。
無門禅師は、「三百六十の骨と、八万四千の毛穴を挙げて、全身まるごと疑いのかたまりとなり、ただ一つの無字に参ぜよ。
昼も夜もこの問題を引っさげて、虚無の無であるとか、有無の無であるといった理解をしてはいけない。真っ赤に焼けた鉄のかたまりを吞み込んだようなもので、吐き出そうにも吐き出すことができない。
それまでの誤った認識を根絶やしにし、ただ『無字』となってその状態を保てば、いずれ内と外が一つになるだろう。」
と説いてくださっています。
円覚寺の開山、佛光国師は西暦一二二六年のお生まれで、一二八六年に亡くなっています。
無門禅師よりは四三年ほど後の方です。
やはり無字の公案に足かけ六年間取り組んでおられます。
法燈国師心地覚心禅師は、中国に渡り無門禅師に参禅してこの『無門関』を日本に伝えてくださいました。
『無門関』という書物は中国ではあまり弘まらなかったようですが、日本ではとても大事にされました。
無字の公案に取り組むことは、禅の修行の第一となっていったのでした。
大慧禅師は、意識のはたらきであれこれと無字について詮索してはいけない、言葉の上でやりくりしてはいけない、無字について理解しようとしてはいけないと繰り返し説かれています。
今日では更に、腰骨を立てて、下腹に気力を込めて、吸い込んだ息を下腹におさめて、下腹をふくらますようにして、そしてそのふくらませた下腹をそのまま保ったまま、むしろ前に押し出すように下腹に圧をかけながら、息を長く吐いてゆき、その時にただ「むー」と息を吐いてゆくのです。
これを繰り返し繰り返し行います。
無字の公案は更に身体の上で、呼吸の上で、この無の一字に成り切る修行となっているのです。
横田南嶺