師の偉さ
(一)距離的に隔絶していて、年に一回くらいしか逢えない場合
(二)さらにその生身を相見るに由なくなった場合であろう。」(「森信三一日一言」)というのがあります。
円覚寺の先代の管長足立大進老師がお亡くなりになって六年が経ち、先だって七回忌法要を務めました。
「師の生身を見る」ことができなくなって、森先生の仰せの通り、「師の偉さ」をしみじみと思うこの頃であります。
先日は、円覚寺本山の大施餓鬼会がおこなれました。
ちょうど気候によい頃でございます。
暑からず寒からずで、風が心地よくて、桜の花は終わりましたが、緑に芽吹いた新芽の色が実に色鮮やかであります。
こういう気候のよいときの行事というのは、身体にも心にもよいものです。
法要の前に、法話を致しました。
こちらの法要は、円覚寺にお墓をお持ちになっているお檀家さんを招いてのものです。
まだ足立老師もお亡くなりになって六年ですので、足立老師をよくご存じの方も多くいらっしゃいます。
そこで先だって七回忌を終えたことに触れて、私が教わってきた足立老師の教えについて少し話をさせてもらいました。
老師は昭和七年のお生まれで、終戦のときが十三歳でいらっしゃいます。
戦後の物のない頃にご苦労もなされています。
この世代の方は、皆物を大切にされます。
足立老師もまた物を大切にすることでは徹底していました。
お寺ではろうそくやお線香を日常使いますので、マッチは欠かせません。
ライターを使うことは禁じられていました。
マッチを擦って火をつけます。
まずこのマッチの擦り方から徹底されていました。
マッチ箱には、ヤスリになっている面があります。
そこにマッチ棒の先端をあてて、シュッと擦ると火がつきます。
これが大きく擦ると、火がつきやすいのですが、それはヤスリ面がすり減るといって叱られます。
できる限り、ヤスリ面は、隅っこのほんの数ミリだけで擦って火をつけるようにと指導されていました。
修行道場では、薪を使ってご飯を炊いたり風呂を沸かしたりしていますが、老師の食事の支度にはガスを使っていました。
そのガスを使うにも、ヤカンで湯を沸かしたり、鍋で調理したりしますが、ヤカンの底から外側にガスの火が出ていると、もったいないと言って叱られました。
急いで湯を沸かしたいときなどは、火力を最大にしたいものですが、それはもったいないというのです。
万事この調子でもったいないと言っては注意していただいていました。
老師は晩年に、仏教は
ありがたい
もったいない
おもひやり
この三つでいいのだと仰せになっていました。
これはいったい、何に基づいているのか、老師ご自身がお考えになったのか、分かりませんでした、
あるときに、私が『明治の仏教者 上』という書物を読んでいて、その中にある大内青巒さんの言葉がもとになっていると分かりました。
もともと老師は、
ありがたい
もったいない
おきのどく
という三つだと仰せになっていたのでした。
『明治の仏教者』に大内青巒さんの言葉として、大内家の家憲という章がありました。
そこに「居士は大内家の家憲として、次の三つを定めていた。
有り難い
勿体ない
気の毒
この中に、倫理・道徳・宗教・八万四千の法が入っておると左右に語った」と書いています。
そこで老師も
ありがたい
もったいない
おきのどく
と三つを書かれていました。
途中でどなたかに、「おきのどく」という言葉はあまりよくないのではと言われたようで、「おもひやり」に変えていらっしゃいました。
「気の毒」という言葉を『広辞苑』で調べると、
「(心の毒になることの意)
自分が難儀な目に会って心をいため、苦しむこと。困ること。きまりがわるいこと。当惑。
他人の苦痛・難儀についてともに心配すること。同情。
相手に迷惑をかけて、すまなく思うこと。また、感謝やお礼の意を表すのにも使う。」
と解説されています。
ここでは二番の「他人の苦痛・難儀についてともに心配すること」という意味です。
しかしながら、「お気の毒です」と言われると、相手は「かわいそうな人」と位置づけられたように感じるかもしれません。
「同情される立場ではない」と感じているとしたら、違和感や反発を生むこともあり得ます。
また「お気の毒」というと、心から寄り添っているというより、外から評価しているように聞こえることもあります。
そんなこともあってか、「おもひやり」という表現に改められたのだと思います。
大内青巒さんという方は、明治時代の仏教思想家です。
江戸の終わり頃にお生まれになって、大正七年にお亡くなりになっています。
今も私が冊子を出させてもらっている鴻盟社を作られた方であります。
老師は、自分で生きているのだという世界から、限りないご縁とおかげに生かされていることに目覚めて有り難いと心から感謝の思いがあふれて、そんな有り難い思いに充たされると自ずともったいないという思いが出てきて、あらゆるものを大切にして、まわりに対して思いやりの心を実践するのが仏教であると説かれていたのでした。
老師の教えを折に触れて思い出しては、師の偉さを思うのであります。
横田南嶺